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#97~#98

#97 おぼろ月… 森山氏の家の窓からそんなぼやけた月を眺めて…俺はため息を吐いた。 真っ暗の部屋の中…手には、空になった喜多方ラーメンのカップ。足元には…眠たそうによろよろと体を揺らすフォルテッシモ。 そんなカオスな状況で、俺はおぼろ月を見上げて”音楽”なんて物について…物思いに耽っていた… 「…あぁ、現行犯ですね…」 そんな森山氏の声を背中に聞いた俺は、彼を振り返りもしないでこう言った。 「…森山さんは、小さい頃から楽器を習った事は無いの…?」 すると、彼はフォルテッシモに野菜のクズをあげながらこう答えたんだ。 「ありますよ。バイオリン、ピアノ…オーボエ…」 「だったら、どうして…?どうして、あんな考え方に至るんだよ。音楽に長年従事して来た誇りは?プライドは?無いの…?曲がりなりにも…あんたは作曲家なのに…」 俺は、思わず…彼を振り返って詰った。 すると、森山氏は…フォルテッシモの頭を撫でながら、こう言ったんだ。 「…私は、ピアノを弾くと、いつも要らない音を踏んでしまうんです。それは…普通のピアノ教室や、普通の先生には、理解出来ない事だった。いつも“悪い癖”の様に捉えられて、叱られ続けたもんです。…でもね、その音は…確かに私の耳に届いていた音だった。だって、ピアノを弾くと…まるでシンセサイザーの様に、沢山の楽器の音色で聴こえて来るんだから。」 そう言った森山氏は、クスクス笑いながら俺を見上げた。 「幼い頃は、どうして自分が叱られ続けるのか…本気で分からなかった。だから、必死に楽譜の音符を目で追いかけて…要らない音を踏んでしまう所にバツを書いた。中学生くらいになって、人と違う音が聴こえていると自覚して…より、楽譜通りに弾く事を意識した。」 え… 俺は、森山氏の目の前に力なく座って…彼と一緒にフォルテッシモの背中を撫でた。そして、伏し目がちの男を見つめて…言葉を失くした。 …もしかしたら、彼もまた…あの子と同じ、そんな境遇の人なのかもしれない。 あの子は…行くべき場所へ行って難を逃れたギフテッド。 そうでない彼は…普通という物に縛られ続けて、苦しんだ…ギフテッド。 「…曲に陶酔して弾くと、必ずボロを出してしまう…。そんな、私は…音楽を楽しむ事よりも、失敗しない様にする事ばかり注意して音楽をしていた。怒られない様に、失敗しない様に、だから…良い思い出が無いんです。」 森山氏は、そう言うとケラケラ笑った。 そんな彼を見つめて、俺は何度も頷いてこう言ったんだ。 「…だから、考え方がひん曲がってしまったんだ…。」 「あ~はっはっはっは!」 馬鹿笑いをした彼は、涙目になった目じりを拭って俺を見つめた。そして、ため息を吐きながら話し続けた。 「…豪ちゃんは死期が分かるんです。そして、私はそんな死期を迎えている人間です。あの子は…私を守る為に、ずっと…私の傍に居た。それは、私が拒絶しても、酷い事をしても、酷い態度を取っても…変わらず、ずっと傍に居たんです。夏の暑い日も…家の外にしゃがみ込んで…ずっと、私のピアノを聴いて過ごした。」 あの子を思い出して瞳を細めた森山氏は、フォルテッシモの背中を撫でながら…涙をポタリと落とした。 「…ピアノで話す人。あなたの本当の思いを、僕は分かる…。ピアノの音色を聴けば、あなたが分かる。あなたは…とっても、優しい人だ…。あの子は、そう言って…俺を愛してくれた。」 あぁ…豪ちゃん。 実に、お前らしい言葉だね… そんなあの子の言葉に瞳を細めた俺は、ただ、話し続ける森山氏の言葉に、耳を傾け続けた。 「あの子にバイオリンを与えたのは、正確には私じゃない…村の音楽教師です。偶然にも、バイオリンを手に持つ事になったあの子は、私の隣でバイオリンを弾く事だけを目当てに、必死に”愛の挨拶“を練習した。手法を教えたら…後は、目まぐるしい成長を見せて、その時の驚きと言ったら…無い。」 首を横に振りながらクスクス笑った森山氏は、俺を見つめてこう言った。 「だって…午前中に出来なかった事が、午後には完ぺきになっているんだ!そんな奇跡…楽器を長年やって来たからこそ、信じられなかった…。すぐに、この子は…普通じゃないと分かった。」 「…“愛の挨拶”は、今でも好んで弾いてる曲だ…」 俺はクスクス笑いながらそう言って、目の前のフォルテッシモを膝の上に乗せてみた。すると彼はそそくさと俺の膝から降りて…部屋の隅から、ジト目で睨みつけて来た… 何だよっ! 「そして…”きらきら星“を一緒に弾いた時…あの子の情景を始めて体感して、身震いした。これが…音楽なんだと、直感で分かったんです。はちきれんばかりの笑顔を向けて…音楽を楽しむあの子の様子は、すっかり、打たれてひん曲がった私の音楽観を…根底から蘇らせてくれた…。本来の音楽とは、こうあるべきだと…痛感した。」 森山氏はそう言って立ち上がると、伏し目がちに俺を見てこう言った。 「…目に見えない情緒や、感情、思いを表現する仕事は、正解が無いのが正解なんです。正しい物も、間違った物も無い。それが、当然なんだ。そんな中で、偉ぶって評価する者たちを、ぶちのめして欲しい…。俺は、あの子に、そんな願いを託しました。そして、誰よりも輝く…音楽の楽しさを伝える、唯一無二のバイオリニストになってくれと…。」 あぁ… あの子の音楽観が、森山氏と一致しているのは…こんな彼の思いを受け継いでいるからなんだ。 あの子は…この男を愛している。 それは…きっと、このひん曲がった所も含めてだ。 だとしたら…豪ちゃんは喜んで、森山氏の思いを代弁し続けるだろう。 傷付いて、翼の折れた…ギフテッドの彼の思いを、大きな翼をはためかせて…強く主張し続けるだろう。 そして、それは、彼の言う様に…何の根拠もなく、奏者を評価する、固定概念をぶち壊すだろう。 マイノリティの逆襲…そんな言葉が、頭の中をちらついてしまうよ。 でも…あの子は… 「…そんな思いが、言葉に出てしまった様です。失礼をお詫びします。申し訳ありませんでした。」 森山氏は言葉と話した内容の割に、穏やかな表情でそう言った。だから、俺は…こう言ったんだ。 「でも、豪ちゃんは…少しづつ、いろんな人と関わって…そんなあんたの思いに、自分の思いを乗せて、新しい考え方を始めるだろう。なぜなら、あの子は…自分で物を考えられる、賢い子だからだ…。」 すると、彼は…俺を振り返ってクスクス笑ってこう言った。 「えぇ…あの子は、賢い。そして、気が強い頑固者だ。」 そして…いつもの様に、森山惺山は作業部屋へと戻って行った… -- 「…ん、イリアちゃんもおいでぇ?僕と一緒においでぇ?」 僕は彼女の手を握ったまま、幸太郎と一緒にステージへ向かった。 僕たちが連れだってステージへ上がると、眼下に居た人たちは一斉に注目して…僕らの動向に見入っていた… そんな様子を気にする事もなく、幸太郎がチェロを準備する間…彼女に、惺山のバイオリンを手渡して、僕は言ったんだ。 「“チャルダーシュ”を一緒に弾こう…?」 僕は、危ない男だから…こんな情熱的でセクシーな曲を、女の子と弾いちゃうんだ。 僕の言葉に首を傾げたイリアちゃんは、ため息を吐いてこう言った。 「はぁ?あんたと弾いたら、私が浮くでしょ!ぶっ殺されたいの?!」 そんな彼女を見上げた僕は、トトさんのバイオリンを調弦しながら彼女に言ったんだ。 「…浮かなぁい!だってぇ…僕は、君を誘惑するんだもぉん!」 「なぁんだよ!それ!豪は、俺を誘惑するんだろ…!」 幸太郎が、ぶーぶーと文句を言い始めた。 きっと、少しだけ高い所に登って…興奮しちゃったんだ。 だから、僕は…彼の目の前まで行って、こう言ったんだ。 「“チャルダーシュ”の次に、“リベルタンゴ”を弾くよぉ?その時…曲を繋げて行きたいんだぁ、そのソロを幸太郎に弾いて貰おっとぉ!とってもエッチに弾いてくれたら…僕は、嬉しくって、幸太郎を誘惑する気になるかもしれなぁい!」 「任せとけっ!」 上機嫌になった幸太郎は、鼻歌を歌いながらチェロを調弦し始めた。 少しだけ頬を赤くしたイリアちゃんは、もじもじしながらバイオリンを撫でて、僕を見て言った。 「なによっ!馬鹿なんだからぁ…!」 僕は、そんなふたりを見つめて、最後にこう言った。 「“リベルタンゴ”の後は…“もみじ”が弾きたい…。その後は“朧月夜”で終わりたいなぁ…」 「…日本風ね?」 そう言って頷いたイリアちゃんに、僕はにっこり笑ってこう言った。 「だって、好きなんだぁ。」 頬を赤くして暴力を振るうイリアちゃんを無視した僕は、殴られる部分が重ならない様に、少しづつ体をズラしながら先生を目で探した。 「あ…!いたいたぁ!先生~!僕たち、弾くよぉ?良~い?」 僕はちゃんと、先生に弾いても良いか…確認したぁ。 すると、彼は大勢の人に囲まれながら、僕を見つめてコクリと頷いて返事を返した。 「よしよし…」 僕はひとりそう言ってバイオリンを首に挟んで、イリアちゃんを見つめた。 すると、知らないおじさんがステージの上に上がって来て、僕たちに背中を向けて話しを始めたんだ。 「本日は、ギフテッド支援チャリティにお越しいただきまして、誠にありがとうございます!ギフテッドという物は…」 そんな挨拶の言葉から始まったおじさんの話は…長かった。 僕は、幸太郎の膝の上に座って、そんなおじさんが早く黙らないかな…って、思ってた。だって、僕は…イリアちゃんを、誘惑する気で一杯になっていたからだぁ。 すると、イリアちゃんがため息を吐いてこう言った。 「話長いね…?豪。」 「うん…めたくそ長いぃ…」 僕はそう言って、自分のお腹をナデナデする幸太郎の手を抱いて、くたびれた様に彼にもたれて目をつぶった。 クスクス笑う声が方々から上がって、僕の耳元で幸太郎が言った。 「豪?そろそろ終わりそうだ…」 「はぁい…」 体を起こした僕は、幸太郎の膝から立ち上がってバイオリンを首に挟んだ。そして、イリアちゃんを再び見つめて、こう言ったんだ。 「イリアちゃぁん…!とっても…セクシーだぁ!」 「ぐふっ!」 「僕はぁ…ありったけの色気を出して、君を誘惑しちゃうもんねぇ!」 そう言って弓を振りかぶった僕は、彼女を見つめて跪いて、バイオリンを弾き始めた。 幸太郎のチェロは…そんな僕のバイオリンの音色に美しい音を絡めて、より…セクシーにしてくれる。 ふふぅ! すると、顔を真っ赤にしたイリアちゃんは…僕を見下ろしたまま、首に挟んだバイオリンの弦に弓を当てて、まるで僕の求愛に返事をする様に…掠れて色っぽい音を立てたんだ。 「キャーーー!」 そんな彼女の音色に興奮した僕は、幸太郎のチェロと一緒にインパクトを付けて、彼女にもっともっと色っぽい音色を届けた。 左手で抑える指の先も…右手に持った弓が触れる弦の一本一本も、舐める様に…撫でる様に、ねっとりと舌触りの良い…プリンの様に、滑らかにした。 「豪ったら!豪ったらぁ!」 見つめ続けるイリアちゃんの顔が、どんどん真っ赤になって行くから、僕は…それが面白くて笑いそうになった。 でも…必死に耐えて、最後のラッシュを彼女と幸太郎と一緒に駆け抜けたんだ! 「わぁ!イリアちゃん!すごぉい!」 彼女はすさまじいピチカートを繰り出して、僕と幸太郎の怒涛の旋律に、アクセントを付けてくれた。 そして、僕の傍に来ると…こう言ったんだ。 「豪!アモ~レ!あたしの腰を抱いて!」 僕はそんなイリアちゃんに目を丸くして、咄嗟に持っていたバイオリンを下に置いて、大人しく彼女の腰を抱いた。 すると、イリアちゃんは…仰向けのまま体を倒してポーズを取りながら、“チャルダーシュ”のラストを、飾ったんだぁ。 「わぁ…!エロぉい!」 ケラケラ笑った僕は、トトさんのバイオリンを手に持ち直して、ソロ演奏を始めた幸太郎を横目に見ながら、イリアちゃんに言ったんだ。 「エッチだねぇ?」 「やっだ!バッカじゃないの!信じられない!セクハラよ!」 面白い… 彼らとの合奏は、普通の人とやるよりも…断然、面白かった。 阿吽の呼吸とでも言うのか…打てば響くとでも言うのか… 先生は、僕の欲しい音色をくれる。 対して、彼らは僕の予想を上回った音色をくれるんだ。それは、僕の曲展開を見事に外して、驚きと、ワクワクする様な気持ちをくれた。 そして…それがとっても、楽しいんだ。 「あぁ…!幸太郎!エッチな感じだねぇ?」 彼を横目にそう言うと、幸太郎は伏し目がちに僕を見て、右手に持った弦を強く激しく動かしながら、情熱的な“リベルタンゴ”のテンポを刻んで土台を作り始めた。 「イリアちゃん、僕と一緒にお願いしまぁす。」 僕は彼女にウインクをしながらそう言って、弓を高く掲げた勢いのまま…トトさんのバイオリンの高音を思いきり出した。 すっげ、響くぅ…!! ビリビリと痺れた頬のまま…僕は、“リベルタンゴ”の、情熱的で激しいリズムに乗りながら艶っぽい音色を出した。 トトさんのバイオリンは、すさまじかった… 激しい奏法にも、優しい奏法にも対応出来る…遠近両用メガネの様な…万能バイオリンだったんだぁ! この…右手のボーイングさえ研ぎ澄まして注意すれば…この子はいろんな表現を見せてくれる。可能性は、無限大なんだぁ! 上機嫌になった僕は、よく伸びる高音を出しながら、幸太郎のチェロの音色に絡まり付いて行った。 「あぁ…!豪!やっと俺の所に…!」 大興奮した幸太郎の膝に片足を乗せた僕は、彼の太ももの上を優しくナデナデしながら、体をのけ反らせて…バイオリンの掠れる音色にうっとりと瞳を細めた。 あぁ…なんて美しい音色だろう… イリアちゃんはそんな僕の自分勝手な旋律に、上手にバイオリンの音色を絡めて行って、興奮した幸太郎は、弓の毛がボロボロになって行った。 そんな情熱的な“リベルタンゴ”が終わりを迎えると、僕はバイオリンを胸に抱えてアルペジオしながら…次の曲…“もみじ”へと曲を繋いで行く。 「素敵じゃん…」 そんなイリアちゃんのお褒めの言葉に口元を緩めた僕は、アルペジオでカンカンに火照った情熱を冷まして…哀愁を漂わせる、真っ赤なモミジをみんなの上に降らせた。 「…わぁ…」 「入りますよぉ…」 僕は伏し目がちにそう言って、うっとりと体を揺らしながら“もみじ”のメロディを弾き始めた。それは、とっても単調で、単純で、シンプル。だけど…とても、奥が深いんだ。 紅葉しきらない黄色の葉も…きっと、風に吹かれて落ちて行くでしょう… それは、とても美しい…色とりどりのモミジのシャワーだ。 僕は、息を飲んで見守る先生の上にも…その他の人の頭の上にも…モミジをヒラヒラと舞散らせた。 ねえ…先生。 美しいでしょう…? そして、最後の曲…“朧月夜”を弾き始めたんだ。 それは…澄み渡る空の満月じゃない。雲に滲んで…広がる…そんな、おぼろ月だ。 「イリアちゃん、見て…?おぼろ月が、あたりを照らして、とっても美しいね…?」 うっとりと体を揺らしてそう言うと、彼女は僕のバイオリンの音色に合わせてハモる様に旋律を奏でながら頷いて言った。 「…綺麗だね…」 そう、とっても…綺麗なんだ。 それは…美しすぎて、涙がこぼれてしまう程だ… ゆっくりと曲を弾き終えた僕は、弓をゆっくり下ろして余韻を体中で感じながら瞳を閉じた。そして、ふと、目の前に浮かんだ…彼の姿に口元を緩めて笑ったんだ。 惺山…会いたいよ… そっとバイオリンを首から離した僕は、瞼を開いて、隣に立ったイリアちゃんを見つめてこう言った。 「うわぁ…イッちゃいそうになっちゃったぁ…!」 「馬鹿!前向いて…!お辞儀しなさいよっ!」 そんな彼女の言葉に、僕はへらへら笑いながら目の前のお客さんにペコリとお辞儀をして言った。 「これは…トトさんのバイオリンですぅ…」 シンと静まり返っていたお客さんたちは、そんな僕のお辞儀に我に返った様に拍手と声援を送ってくれた。 「ブラボーーー!ファンタ~スティック!!」 それが楽しくって、僕はイリアちゃんと一緒に手を繋いで、もう一度お辞儀をした。 すると、もう一度、大きな歓声の波が僕たちに押し寄せて来た。 「わぁ…!」 今度は幸太郎と、イリアちゃんと三人で同じ様に手を繋いでお辞儀をしてみた。 すると、やっぱり、もっと…大きな歓声の波が押し寄せて来たんだ。 「わぁ…!」 「キリが無いな…帰ろう。」 幸太郎がそう言って僕にバイオリンのケースを渡した。 楽しかった… 僕は満面の笑顔になって、イリアちゃんと幸太郎にこう言った。 「とっても、楽しかったねぇ!また…一緒にやりたいね!」 「凄かった…モミジが舞い落ちた…!あたし、鳥肌が立った!」 「あぁ…俺も、見えた。」 ふたりはとっても楽しそうにそう言うと、にっこりと笑い返したくれた。 惺山…音楽って、あなたが言った通り…とっても、楽しいね。 #98 「藤森さん…出かけて来ますね…」 朝10時… 俺は7時には目が覚めたのに、布団の中で、いつまでもまもちゃんと長電話をしていた。すると、扉の向こうで、森山氏がそう言って外へ出かけて行ったんだ… 今日は、土曜日。 確か、カレンダーに小さな点で印が付けられていた日だ… 「まもちゃん、ダークサイドが、点の付いた日に外出したよ…?」 俺は、布団の中で丸まって、まもちゃんにそう報告した。すると、彼は鼻をほじりながら…こう言ったんだ。 「どうせ、人の不幸でも願いに…神社に行ってんだろ~?毎週土曜日に、必ず参拝する謎の男って…神社で話題になってるんだ。」 ウケる! 誰もいないのに俺は笑いを堪えながら体を揺らして、まもちゃんの暴言に腹が捩れそうになった。すると、彼は満足げに背中を向けて、鼻歌を歌いながら朝の仕込みを始めたんだ。 そんなまもちゃんの後姿を携帯の画面越しに見つめて、俺はまるで一緒に厨房に居る様な、不思議な気持ちになった… カタカタ…と、聴こえて来る調理器具の当たる音。 彼が忙しなく動く音…。 コンロの火が付く音…。 自然と緩んでくる口元をそのままにして、俺は彼の背中に向かってこう言った。 「まもちゃん…?音楽教室の事だけどさ…」 すると、彼は目をランランと輝かせて、画面を覗き込んで来たんだ。 「なぁに?なぁに?」 ふふっ!可愛らしい人。 俺はまもちゃんの可愛い顔を指先で撫でながら、伏し目がちにこう言った。 「人に…物を教えるって、難しいね?だって、一歩間違えると、彼の様なダークサイドを育ててしまうだろ?俺はね、急に怖じ気づいちゃったんだ。」 すると、まもちゃんは眉を顰めてこんな話を始めた。 「それこそ…受け取り手の問題だよ。注意された事を批判と捉えるか、それとも指導と捉えるか、それは受け取る側の判断に委ねられる。教える側がそこまで苦心しても…結局は、受け取り手の問題なんだ。」 はぁ…!さっすが、護だ! 俺はさすがのまもちゃんに、にっこりと笑って、こう言った。 「森山氏は歪んでる…でも、豪ちゃんは、そんな事もひっくるめて、彼を愛してる。彼らはヤバいカップルかもしれないね…?」 「俺たちだって…ヤバいカプルだよ?」 パワーワードに食い付いたまもちゃんが、俺たちがどれだけヤバいカップルか…とくとくと語り始めた。 「まず、北斗が14歳の時、俺はそんな子供相手に、悪戯をしたんだ。」 アウトだな… 俺は、もう、これ以上この話を聞きたくなくなった… 「も…もう、良いよ。」 しかし、俺の若干引き気味の様子に、まもるの火が付いてしまったんだ。 「なぁんで!その後…北斗が泳げもしないのに…湖に飛び込んで、護このやろ!ってしたんだろ?そして、俺は…」 「もう良い!もう良い!」 俺はそう言うと、まもちゃんとの通話を切って、ゴロンと寝転がりながら…天井を見つめてこう思った… 俺たちはヤバいカップルというよりも、アウトなカップルだ… 休日は寝て過ごすに限る。 俺はそんな事を体現する様に…森山家の自宅警備員と化して、フォルテッシモと一緒にテレビを見ながら、豪ちゃんの浅漬けを食いまくっていた。 「この女優さん…お直ししたね…」 ポリポリときゅうりを摘みながらそう言うと、フォルテッシモはこう言った。 「ヒアルロン酸入れてる…」 やっぱりな… 「俺もそう思ったんだよ…?だって、顔がパンパンだもん!むくんでるんじゃない。むくませてるんだ。変だよね?大事なのは、トータルのバランスなのにさ。」 ガチャリ… 森山氏が帰って来た! 俺はソファに寝転がりながら、トコトコとリビングに入って来る彼にこう言った! 「お腹空いたぁ!なんか食べさせてぇ!」 「はぁ…?」 甘えん坊の豪ちゃんに、あんなにデレデレになるんだ… だから、俺がやっても、良いよぉ!って言うと思ったんだ。 なのに、なぁんだ!その塩対応は…!! 明らかに顔を歪めた森山氏は、首を傾げながらキッチンに立って、手洗いをして、俺の為に何かを作り始めた。 良いんだよ… 何かを食わせてくれるなら、どんな塩対応されたって、俺は気にしない。 「ねえ、どこ行ってたの?」 偉そうにソファに座りながら、キッチンで何かを作る森山氏にそう聞いた。すると、彼は首を傾げてこう答えたんだ。 「…ちょっと、用事で…」 へえ…! そんな浮かない顔をして、何の用事だよっ! 法事か?墓参りか?!それとも…神社にお参りかっ?! 興味本位で、謎の用事を済ませて来た彼の持ち物の中を漁った。 すると、鞄の中にリストの楽譜を見つけて、俺はケラケラ笑って言ったんだ。 「なぁんだ、ピアノを弾きに行ってたのか…!」 都内のマンション…広いとはいえ、ピアノを置いても、防音設備が無ければ思う存分弾く事なんて出来ない。 だから、スタジオを借りたりするのなんて…良くある話さ。 「…えぇ、まぁ…」 言葉を濁した森山氏は、ダイニングテーブルに見るからにまずそうなチャーハンを出してこう言った。 「はい、どうぞ…」 次の瞬間、俺は顔を歪めてこう言った。 「…まっずそうだな…!」 すると、森山氏は顔を歪めながら自分の荷物を持って、彼の巣…寝室へ逃げて行った。 「藤森さんは、私との生活に慣れ過ぎて…遠慮って大事な物が、欠落してる気がするぅ!うわぁん!」 …意外と乙女だな。 俺は仕方なく…まずそうなチャーハンを手に取って…モグモグ食べた。 「浅漬けと食べると、何とか食べられるよ!」 寝室に向かってそう言うと、部屋の中から小さな声で…こんな言葉が聞こえて来た。 「ひどぉい!うわぁん!」 ヤレヤレだな… -- 「素晴らしいバイオリンでしたって言ってるよ…」 「はぁい…」 「とっても美しかったって言ってるよ…」 「…はぁい。」 僕は先生の腕に抱き付いて、肌に触れるペンダントをシャツの上から弄りながら…そんな返事を繰り返していた。 今までは、モヤモヤが見たくなくて視線を落としていたけど…もう、怖くなくなった。 だって、僕が傍に居ると…死んでしまう訳じゃないって、分かったから… だから、僕はぼんやりと、ひとりひとりの顔を見ながら、ぺこりと頭を下げていたんだ。 すると、先生が僕を見下ろしてこう言った… 「…大丈夫?」 「うん…でも、面倒くさいね…?」 そんな僕の言葉に苦笑いをした先生は、そっと僕の髪を撫でてキスをくれた。 先生の傍には、ずっと同じ人が、ずっと僕を見つめて、ずっと先生に話しかけ続けている。先生はそんな彼の話を聞いたり聞かなかったり…適当に相槌を打っては、適当に笑って誤魔化している様子だ。 人付き合いって…大変だね… 幸太郎もイリアちゃんも帰ってしまった。 だから、僕は、先生の傍から離れられなくなってる… はぁ… 「豪…!今日はバイオリンを忘れなかったんだね?」 そんな声を僕に掛けて来たのは、お金持ちの…エリちゃんだ。 先生は、彼の家に呼ばれた時…僕のバイオリンをわざと忘れた振りをして…バイオリンを弾かせなかった事があるんだ。 その理由は、僕が…物の様に、利用される事を避けるためだって…言ってた。 エリちゃんは、先生には目もくれず、僕に手を差し出すとニッコリと笑ってこう言った。 「あっちに、美味しいケーキがあるよ?エリちゃんと食べに行こうか…?」 僕は、そんな言葉に…先生を見上げて聞いたんだ。 「…先生?エリちゃんと行く…?」 「傍に居て…」 先生は眉間にしわを寄せてそう言うと、僕を反対の腕に抱き付かせてエリちゃんから遠ざけた。 すると、ムッとしたエリちゃんは、先生にフランス語で何かを話しかけ始めた。先生は先生で、眉間に寄せたしわをそのままに、彼の問いかけに強い口調で答えている… 僕は、フランス語が分からない…だから、先生とエリちゃんの会話の内容を理解することは出来ない。 でも、声色を聞けば…大体の内容が分かった… 先生は、エリちゃんに怒っていて…エリちゃんは、先生に苛ついていた。 そんな中…先生の周りに集まった大人は、僕に、フランス語で話しかけ続けて…僕は、何も答えず、ただ…困った様に眉を下げ続けた。 彼らは、僕が困っていようと、そんな事どうでも良いんだ。 物珍しいパンダを、見に来ただけなんだから… 「豪ちゃん…!」 そんな声に顔をあげた僕は、大好きなふたりの笑顔を見つけて、先生の腕を揺らしながらケラケラ笑って言ったんだ。 「先生?!直生さんと伊織さんだぁ!」 思わず彼らの元へ行こうとすると、先生は、グッと僕の腕を掴んで…ポンポンと叩いて言った。 「待って…目の前に来るまで、待って。」 ほんの数メートル先なのに、先生は、彼らが目の前に来てくれるまで、僕の腕を離さなかった…だから、僕は直生さんを見つめて、手を振りながらこう言ったんだ。 「来てぇ?ここまで…来てぇん!」 彼らは、ニューオリンズって所に…お仕事でお出かけしていたんだ。 でも、ここにいるって事は…お仕事は終わったみたいだね? 「ほら来たぁ!」 大きな体でグイグイッと人ごみを押し退けて、僕の目の前に来た直生さんはそう言って、僕を抱き上げてギュッと抱きしめてくれた。 「キャッキャッキャッキャ!」 大喜びした僕は、彼を見下ろして、長い髪を撫でて、ギュッと両手で抱き付いた。すると、伊織さんが僕のお尻を撫でながら、こう言ったんだ。 「豪ちゃん…伊織さんにもギュって挨拶をしよう。」 「はぁい…!」 僕はそう言うと、伊織さんに両手を伸ばして、ギュッと抱き付いて…挨拶をした。 「じゃあ…そう言う事で。」 直生さんと伊織さんは先生にそう言うと、僕を抱っこしたまま人混みの中から連れ出してくれた。 「ふふぅ!ニューオリンズから帰って来たのぉ?」 伊織さんの長い前髪をかき分けてそう聞くと、彼はつぶらな瞳を細めて僕に言った。 「豪ちゃん、伊織さんにチュッてして…?」 「キャッキャッキャッキャ!」 おっかしい! このふたりはとっても優しい…ほっくんと、先生のお友達… 今では、僕のお友達にもなったんだぁ。 だから、僕は両手で伊織さんの頬を掴んで、チュッチュッチュッチュッて、何回も頬にキスをしてあげた。 すると、彼は、どんどん顔を真っ赤にして、進まなくなっちゃったんだ。 可愛いね! 「豪ちゃん、直生さんにもお帰りのチュウをするべきだ…」 直生さんはそう言って、僕を、動かなくなった伊織さんから抱き上げると、口を尖らせてこう言ったんだ。 「チュッてして!」 「キャッキャッキャッキャ!」 ね?おっかしいでしょ? 僕は、彼らの事が大好きなんだ。 だから、僕は直生さんの口にチュッとキスをして、ギュッと抱きしめて…彼の首に顔を埋めて、甘ったれたんだ。 先生の傍に居る時よりも、僕は少し高い位置から辺りを見渡した。そして、顔を真っ赤にした直生さんにこう言ったんだ。 「トトさんのバイオリンですって…ちゃんと言ったよぉ…?」 すると、彼は瞳を細めてこう言った。 「とっても上手だったね…。また、更に音色が美しくなった気がするよ…。どんどん輝きが増して行く。モミジが舞い落ちる様を見た…。大きなおぼろ月も、見えた…。…本当に、凄い子だ…。」 褒められたぁ…! 「ふふぅ!やったぁ!」 直生さんは、僕を抱っこしたまま、大きくて美しい庭園を歩いてくれた。手を伸ばすと、頭の上に飾られたバルーンに軽々と手が届いて、僕はそんなものを手のひらで撫でながらケラケラと笑った。 不思議だ。 先生と居た時は周囲を包囲されたのに、彼らと居ると…少しの人しか近付いて来なかった。そして、そんな人たちも…彼らによって追い返されて行った。 「…どうしてぇ…?」 「ん…?」 僕の問いかけに首を傾げた直生さんを見つめて、僕は続けてこう聞いた。 「…どうして、直生さんと伊織さんと居ると、先生と居る時よりも…人が来ないのぉ…?」 すると、彼はにっこりと笑ってこう答えた。 「…きっと、俺たちがお似合い過ぎて…近付けないんだ。」 へえ…! 「僕はねぇ…客寄せパンダなんだぁ…!」 まじまじと僕を見つめて顔を赤くする直生さんを無視した僕は、噴水に腰かけた伊織さんに抱き付いてそう言った。 すると、彼は首を傾げて横に振ったんだ。 「それは…あんまり良い意味で使わない。豪ちゃんは、どちらかというと…目だっちゃうんだ。ただ、それだけだよ。」 へえ…! 「ん…本当?」 伊織さんの頬をなでなでしながらそう聞くと、彼は顔を真っ赤にしてこう答えた… 「はぁはぁ…本当だよぉ…」 へえ…! 僕は立ち上がって、伊織さんにアッカンベしながら、腰をユラユラと横に揺らしてこう言ったんだ。 「ばぁ~か、ばぁ~か!」 「何してんの!豪ちゃん。」 そんな先生の声に体をビクッと揺らした僕は、すぐに伊織さんの膝の上に座って、澄ました顔でこう言った… 「遊んでたぁ…」 「急に、侮辱されたけど…可愛かったぁ…!」 伊織さんはそう言って、僕の腰を両手で抱きしめて、背中にスリスリした。すると、先生は、直生さんと伊織さんを見下ろして、ため息を吐きながら話したんだ。 「大体が賛辞のお言葉で…後は、思った通り…この子のパトロンになりたい、この子を連れて帰りたい、この子を自分の手元で育てたい…そんな話だった…。ギフテッドの資金集めチャリティなんだ。事業団体に寄付して貢献したら良いのに…そんなの、そっちのけで、プライベートな契約を取り付けたがって来る…。大分絞られて来たけど…それでもまだ、変なのが寄って来る。」 直生さんは、おもむろに僕の手を自分の膝の上に乗せて、ナデナデしながらこう言った… 「ふるい落とし切れていないみたいだね…?」 「どうすれば良いか…」 先生と直生さんが一緒に頭を悩ませている。 理由は…僕に、声を掛けてくる人が多いせいみたいだ。 「…先生たちはぁ、どうしたいのかなぁ…?」 僕は伊織さんの膝の上で、向かい合う様に座り直して、コソッと聞いてみた。すると、彼は僕の髪に顔を埋めながらこう言ったんだ。 「豪ちゃんに…誰も声を掛けて来なくなる様にしたいんだ…。畏れ多くて、声も掛けられない位に…したいんだよ。」 へぇ… 目を丸くした僕は、続けて伊織さんに聞いてみた。 「…それには、どうしたら良いのかなぁ…?」 すると、彼は僕の顔を覗き込んで、ニッコリ笑って言った。 「もっと…神がかった演奏をすれば良い…」 わぁ… 「…それが、唯一無二のバイオリニスト…?」 僕は、目を見開いたまま…彼にそう尋ねた。 伊織さんは顔を真っ赤にして…少しだけ頷いて…僕の唇を指でそっと撫でた。 そんな存在になれれば、先生はため息を吐かずに済んで…あなたの願いも叶えた事になるの…? …惺山。

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