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#121
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「あっああ…まもちゃぁん!すご…すごぉぉい!あぁ、イッちゃう~~~!」
「はぁはぁ…そうだろう…そうだろう!護は…やれば出来る子なんだぁっ!」
新居に越して来て…まもちゃんの下半身が、蘇った様に凄くなった。
俺は大満足だよ…?
でも、彼の腰が心配になって来るよ…
「はぁはぁ…凄かったぁ…めっちゃ、気持ち良かったぁん…!」
ぐったりと項垂れた彼の背中にキスをして、労っていると…おもむろに、俺の携帯が鳴った。
「もしもし…?」
「藤森さん…森山です。」
惺山だ…
俺はうつ伏せに体を起こして、携帯電話を耳にしっかりと当ててこう言った。
「豪ちゃんに会えた…?」
すると、彼は声を落としてこう答えたんだ。
「…えぇ。いつもの様に、木原先生と一緒に居ました。想像を反して落ち着いていましたよ。話しかけましたけど、取りつく島も無かった…。あの子は、俺を切った様です…」
あぁ…また意地でも張ってるのかな…
そう思った俺は、呆れた様に首を横に振って、まもちゃんの癖っ毛を手のひらで撫でながら、電話口の彼にこう言った。
「…吹っ切った、つもりなんだろう…でも」
そんな俺の言葉に被せる様に、惺山が呟いた。
「違う…」
「違う?」
怪訝に思った俺はそう聞き返した。すると彼は、淡々とこう続けたんだ。
「…豪ちゃんは、クールなまでに現実主義者なんですよ…。取捨選択を容赦なくするんだ…。主観に囚われる事を嫌がって、現実的な道を選択する。だから、俺を切って…別々の道を行く事を選んだんだ…。あの子は…意地を張ってる訳じゃない。本気だ…。もう…俺を手離して、自分から切り離してしまった…。」
「は…?」
そんな…
「…今日、あの子の“タイスの瞑想曲”を聴いたんです。まるで、バイオリンの音色に溶け込んでしまっているかの様に、美しかった…。凛と佇む様子も、奏でる音色も、ブレも不安定な揺れも無かった。ただ…ただ、美しかった。」
”タイスの瞑想曲“…
”タイス“というオペラの長い間奏で使われる曲だ…
娼婦の”タイス“が、修道士の”アタナエル“に信仰の道を説かれて、悟る…そんなシーンで使われる曲。
それは、派手で欲にまみれた世界から、静かで、落ち着いた信仰の道へと向かう心情を、美しい旋律に乗せて表現している。
ある意味、今の、惺山に…ピッタリの選曲だ…
…どうなるか分からないのに、あの子を待つ。
それは…姿の見えない、形の無い物をひたすら信じる…信仰と変わらない。
「…そうか、予想外だな…」
うっとりした様な惺山の声色と言葉に、俺は唇を噛んでそう返した。
俺の読みがことごとく外れてしまった…
あんなに泣いて、あんなに落ち込んだら、てっきり…バイオリンの音色に情緒が反映して、上手になんて弾けなくなると思ったんだ。
でも…違った様だ。
なんてこった…
俺は、すっかり言葉を失って、押し黙った。
だって、彼は…あの子と一緒になる事を考えて、事の全てを実行したに過ぎないんだ。
…ただひとつ、奥さんを愛してしまった事を除いては…
何も話す事が出来なくなった俺は、携帯電話を強く持ったまま…固まった。
耳にあてたままの携帯電話から聴こえて来るのは、車の音や、人の賑わい…
彼は、どうやら…外で電話をしている様だ。
「…どうするつもり…?」
何もアドバイスが出来ない中、俺は電話の向こうの彼にそう尋ねた。
すると、彼は、小さく笑って…こう言ったんだ。
「…妻を愛して、生き抜いて…あの子が望んだ様に、沢山素敵な曲を作ります。こんな風になって、やっと…出せずにいた手紙を出す事が出来たんです。後は…大人しく…いつか、帰って来るであろう…あの子を待ちます…」
こんな運命を用意して、神様は意地悪だ…
いいや…あの天使を愛しているから…この男に渡したくないのかな。
そうじゃなかったら、こんなの…可哀想すぎる。
俺は、惺山の言葉に強く頷くと、涙をホロリと落として彼にこう言った。
「…分かった。子供が生まれたら…お祝いをさせてくれ。それと、分隊はまだ解散していないからな?…あの子が戻るまで、お前は俺の分隊のメンバーだ。だから、一緒に…あの子を、待たせてくれ…。」
「…はい。失礼します。」
惺山はそう言って…電話を切った。
次の瞬間…俺は、枕に顔を突っ伏して…声を出して泣いた。
そんな俺の様子に、まもちゃんが心配して背中を撫でながら聞いて来た…
「どうしたの…北斗…」
彼を見つめた俺は、思わず…強く抱きしめてこう言ったんだ。
「まもちゃぁん!俺は…俺は、ラッキーだったのかなぁ?大好きな人と一緒になれて…俺は、もしかしたら…ラッキーだったのかなぁ…?」
大好きな人と一緒になれる人がいて…そう、ならない人もいる。
そんな事、当たり前の事なのに…
俺は、あの子が…豪ちゃんが、そんな悲しい結末を選んだ事が、堪らなく…辛かった。
頑張ったじゃないか…豪。
…諦めるなよ…
ただ、愛する惺山の命を守ろうと、必死に運命に抗ったじゃないか…
「…豪ちゃん、可哀想だ…」
モヤモヤさえ見えなければ、あの子は…惺山の元に居て、愛する彼を最期まで愛し続ける事が出来ただろう。
彼が死んでしまう恐怖なんかに支配されずに、ただ…目の前の愛する人を、愛する事が出来たんだ。
豪ちゃんが、才能という贈り物の代わりに犠牲にした物は、俺の想像を上回って、あの子の人生を翻弄して、苦しめた。
こんなの、可哀想だ…
愛する彼を拒絶するまでに傷付いてしまった天使に、俺は何が出来るの…?
もし、奥さんが死ぬ事を知ったら…あの子の考えは変わるだろうか。
それとも、惺山を軽蔑して…より、溝は深くなってしまうのだろうか…。
八方ふさがりの状況に、俺は打ちのめされて…項垂れて、ため息すら出なくなった。
…もう、駄目かもしれない…
惺山が待つと言っても、あの子は…彼を求めていない。
…もう、駄目かもしれない…
でも、健太は言った…豪が好きなのは、惺山だけだと。
だとしたら、あの子は…彼の元へ、必ず…戻って来る。
今は、別れを選んでも…必ず、戻って来るんだ…!
「…まだだ…!まだ、終わってない…!あの子が…豪ちゃんが、惺山の元に戻るまで…!この曲は終わらないんだぁ…!」
込み上げてくる思いをぶつける様に枕に突っ伏した俺は、顔をブンブン振りながらそう言った。
そんな俺の背中を、まもちゃんはずっと大きくて温かい手で撫でてくれた。
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「はぁ~!パリスゥ!日本は良かったよぉ?だってぇ…日本語が通じるんだもん~!」
僕は、何日かぶりのパリスをジェンキンスさんのお家に迎えに行って、おばあちゃんが気に入った…“ひよこ”をお土産で渡して来た。
そして、パリスを胸に抱えて…先生の家のお庭に戻って来たんだ。
今年も、きゅうりは大漁の収穫を見せている!
去年と違うのは…自家製のお味噌で食べる事が出来る事だ…!
「先生?お味噌で食べると、美味しいでしょ…?」
テラスに座った先生に、僕はお味噌ときゅうりのスティックを出してあげたんだ。そして、いつもの様に…彼の足の間に座って…一緒になってポリポリと食べた。
草むしりを終えた畑は…8月のフランスのカラッとした陽気の下で、沢山の実りを付けて、美しく…生き生きと葉を伸ばしていた。
「お味噌に、ピッタリだ…」
先生はそう言って、僕の頭の上できゅうりをポリポリと食べながら、新聞を読んでいる。
穏やかで…静か…そんな午後を、僕は過ごしています。
あなたは…どうしていますか…
僕は癖の様に…そんな呼びかけを、心の中で呟いてしまった。
馬鹿みたいだ。
もう、彼は…僕の、関係のない人なのに…
「豪ちゃん…森山君から、手紙が届いていたよ…?君の机の上に置いておいた…」
そんな先生の声に、僕は少しだけ…反応をしてしまった。
咄嗟に、誤魔化す様に…僕は、首を傾げてこう言ったんだ。
「…へぇ。」
それは…どんなものだったの?
なんて書いてあったの?
手紙…?
はがき…?
そんな湧いて来る気持ちを押し殺した僕は、目の前のきゅうりをポリポリとかじりながら、パリスを見つめて…先生に言ったんだ。
「…先生?僕ね、幸太郎と、ドッグショーに出ようと思ってるんだぁ…」
すると、先生は、思いきり咳き込んで、声を裏返してこう聞いて来たんだ。
「ゴホッ!ゴホッ!えぇ…?!エントリー出来るの…?!」
…出来なかった。
だって、幸太郎は人間だったから、駄目だったんだ。
「…お断りされちゃったぁ…。だから、ドッグショーの脇で、やろうかって…幸太郎と話をしてるんだぁ…」
「はぁ…やめときなさい。」
先生はそう言って僕の髪を撫でると、再び新聞に目を落とした。
僕はそんな先生にクッタリと抱き付いて、彼の襟足の髪を指に絡めながら…ぼんやりとデンドロビウムの株を眺めた。
地植え出来ないと思っていたこの花の株は、先生の独断によって…土にダイレクトに植えられた。
それは遡ると…1年くらい前の話。
僕を持て余した先生は、山城先生というギフテッドを育てる事が得意な先生に、僕を預けようとしたんだ。
腹を立てた僕は、先生の元を飛び出した…
そんな時…ゴードンさんが持って来てくれたこの花の苗を、先生は…あろう事か、椿の苗の為に掘っていた穴に埋めてしまったんだ。
でも、僕の予想を反して…デンドロビウムはしっかりと根を張って、今年…5、6、7月と…綺麗な花を咲かせてくれたんだ。
先生の肩に頬を付けた僕は、彼が新聞をめくる音を聴きながら、瞳を閉じた。
不思議だな…
もう季節が終わって…花は付いていない筈なのに…微かに鼻に香って来るデンドロビウムの甘い残り香は、僕の…記憶が、勝手に芳せているんだろうか。
もう、咲いてないのに…不思議だ。
これを余韻と呼ぶのだろうか…それとも、脳の錯覚とでもいうのだろうか…
「…さてと、僕は…バイオリンの練習を始めよう…」
先生の足の間から抜け出た僕は、テラスから部屋の中に戻って…ピアノの上に置いたままのトトさんのバイオリンに手を伸ばした。
そして、そっと手のひらで撫でて…こう言ったんだ。
「よろしくね…」
首に挟んだトトさんのバイオリンは、軽くて繊細。
なのに…右手に持った細い弓で撫でると…爆発した様な、よく響く音色を奏でてくれる。不思議なバイオリンなんだ…。
僕は、季節外れの“もみじ”を弾きながら…よく伸びて行く音色に身を任せて…うっとりと体を揺らした。
一緒に口ずさむのは、美しい言葉の並んだ…“もみじ”の歌詞だ。
“真っ白の鶏へ
手紙を書かなかった事を許して。
君を傷つけてしまった事を後悔してる。
あの時…あんな約束を取り付けた俺のせいだ。
俺は、ある女性と結婚をした。
そして、妊娠をした彼女は、今年の10月に出産予定だ。
彼女とは緩和ケアのホスピスで出会った。重い病気を患っていて、余命宣告を受けていた女性だ。
妊娠は出来ても、出産には耐えられないと医者からは告げられた。それでも、彼女は、俺の子供を産む事を願った。
必然的に…出産は、彼女の死を意味するんだ。
日に日に自分の体が弱っていくのに、お腹の子供を待ち望む彼女の姿に…まるで、君のお母さんの様な、慈愛を見て…
君が察した通り、俺は、彼女を愛してしまった。
すまない。
…すまない。
こんなつもりではなかったのに…すまない。
君が初めに言った様に、あの時、ちゃんとお別れをしていたら…あんな風に、君を傷付ける事も無かったと思うと、自分の選択が悔やまれるよ。
それでも…いつか、また、君に会えると願う事を、どうか…許してくれ。
惺山“
バイオリンの練習をしていた筈の僕は、いつの間にか自分の部屋に来ていた。
そして、彼の手紙を手に持ったまま…流れて止まらない涙を流して、声を喉の奥で押し殺しながら、泣いた…
…やっぱり、あなたは…とっても優しい人。
僕が思った通りの…優しい心の人だったね…
さようなら…僕の、愛しの…不滅のコンポーザー。
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