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出会いの話/嘘⑶

…待て待て。これではまるで俺がこの男を泣かせたみたいではないか。 さっさと済ませて立ち去ればよかった。 もしも今、この光景を他の誰かに見られていたような事があれば……きっと悪者扱いを受けるのは俺だ。 面倒だがこればかりは仕方ない。 声をかけてしまった以上、何とか責任をもって泣き止ませないと俺の株が下がる。 「…ストレス社会ですからね。毎日ご苦労様です。 私もお酒に逃げる事もありますから。飲酒が悪いことだなんて言いませんよ」 そうやって、毎日精神を削って働く労働者が居るからこそ、その税金で俺達も食っていけているわけだしな。 …なんて言うと、また胸を傷めるだろうか。 と思い、それ以上の言葉を繋げる事はなかったのだが。 「お…っ、お巡りさん~~~…っ。うれぢいでずぅ……」 「えっ?えぇ…それは……良かったです…?」 何とか落ち着かせようと試みたものの、上辺の優しさは更に彼の涙を誘うばかりで。 「…とりあえず、コレをどうぞ。好きなだけ使ってください。 あとあなた…綾木さんでしたね。会社勤めなら明日も仕事でしょう。今日はその辺にして、そろそろ帰られた方が良いかと」 「うっ…ぁあぃがと、ござ……ずっ、」 全然言えてないぞ。 たまたま持ち歩いていた、配布用のポケットティッシュを2つ程押し付ければ、 少し前までの責任感とはどこへやら。 俺は逃げるようにその場を去ったのだった。 開封してしまった3箱目。 2本目のそれを取り出したのは駐在所脇に位置する喫煙所だ。 “俺を交えるには不都合な話”を終えたらしい同僚も、呑気に煙草をふかしていた。 「今夜はどうだったよ?検挙数地元ナンバーワンの嘘つきクン」 「っは。今日は皆さん平和に過ごしていらっしゃいましたよ」 癇に障る呼び方をされるのは、別に俺が嘘つきだという訳でもなく ただ名前が来碧と書いてライアと読むからである。 初めはいちいち怒ったり文句を付けたりしたものだが、こうも毎回呼ばれ続ければ流石に慣れてしまうものだ。 勿論、いい気はしないのだが。 「あぁ……でも少しだけ、変な奴なら居ましたね」 「変な奴?どんな?」 弱々しくて、腰の低い…なんとも面倒臭い男だった。 きっと普段はドのつく真面目で一生懸命に会社の犬でもやっているんだろうな。 だが、俺以外の警官がアレを目にすれば もしかしたら更に酷い言葉で彼を罵り、束の間の心の休憩時間をも制限させる可能性は大いにあり得る。 …それは何というか 少し、可哀想だな。 「…秘密です。罪を犯すような人には見えませんでしたからご安心を」 「へぇ?」 扉の向こうへ消えていく同僚の背中を見つめ、痛むこめかみを指で押す。 慣れた臭いに包まれながら、綾木はピンと姿勢を正せばどのくらいになるだろうか… などと、誰の得にもならないような事を考えた。

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