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病める日常の花に/嘘⑴

すっかりお約束となった称揚の言葉の裏に潜む悪意に、業務中であるにも関わらず気づけば喫煙所へ向かう自分が居た。 そのねじ曲がった根性ごと捻り上げてやろうか。 そんな物騒な事を考えてしまうのは致し方無い事だろう。 俺がこれまでどんなに努力をしてきたかも知らない癖に。 どれだけ死に物狂いで奮闘してきたか、知ろうともしない癖に。 人の気も知らないで、よくもまあ嫌味ばかり垂れ流せるものだ。 頭は今にも噴火しそうなほど煮えくり返っているものの、乱れた情緒とは裏腹に、その足取りは実に冷静である。 これも幼い頃から耐え忍んできたが故。 息苦しく、心臓を握り潰されそうになるこの悔しさだけは、必ず胸に刻み込んでおこう。 忘れてはいけない。 我慢はするが、根に持ち続けなければ強くはなれない。 バネにして生きていくために。 強く、一人でも前を向き続けていくために。 喫煙所の扉を目前に控えたその時 どこかで見た事のあるような、力なく丸まった背中を見つけた。 すぐにピンときた。 今日は多分素面であろうが それでも変わらずおぼつかない足取り。 思わず手を差し伸べてしまいそうになる程の、重たい空気の真ん中に居るのは──。 「あなたは先日の…」 ホット缶の熱にも耐えられない、貧弱なサラリーマンだ。 「──わ、忘れてください!さっきのは!あはは…」 「…よくわかりませんが。まあ、いいでしょう。 では私はこれで失礼しますね」 こちらが仕事であるように、綾木もまた勤務中なのだろう。 紙袋に入れられた手土産らしきもののパッケージは地元の名産物の菓子。 大方取引先会社との会合…接待の為にわざわざここまで出向いたというわけか。 土曜の夜、それもここらで一番賑やかな街の中心に。 俺の偏見でしかないが、綾木はこういった賑やかな場所よりも あの日のように、一人のんびりと静やかな空間で空を見上げている方が好きなのではないかと思う。 ストレスの発散方法、身体の疲れを癒す方法は人それぞれで 例えば、歓楽街を練り歩き、酔って騒ぐ連中がいれば、誰もいない空間で初めて自分と向き合う事ができる者もいる。 まず俺は迷う事なく後者だった。 一つ、また一つと綾木を知るうちに 昔の俺と通ずる部分を痛い程に感じ取れてしまう彼もまた、そうなのでは無いかと思わずにはいられないのだ。 過去の自分と重ねて抱く、親近感にも近い情は 綾木を労う気持ちと共に過去の自分をまるで可哀想だとでも言っているような気がした。 綾木と話すのは…これ以上はもう、嫌だ。 踵を返し、鉄の取手に手を伸ばしたその時。 「あ、ぁの!ほ…本当に、何か飲み物買うので…えっと…」 俺のコートの袖を指で捕らえた綾木が、控えめな力でクイと自らに引き寄せる。 はぁ?なんだ、社交辞令じゃなかったのかよ。 落としたコーヒーを拾ってやっただけだぞ俺は。 「結構ですよ。 …早く吸って戻りたいんですが」 これでもお前ら一般人から徴収したモノを稼ぎにしてるだけあって、気を遣っているんだ。 そこまで言わないとわからないのかコイツは。 常にヘコヘコしている奴が、どうしてこういう時に限って頑固を発揮しているんだろうか。 正直な所、そろそろ人の居ない場所へ行きたい。 自分を纏う空気からタバコの臭いが消えると 途端に不安で圧迫されるのだ。 ヤニ依存、ニコチン中毒、何とでも呼べばいいさ。 ある意味間違ってない。 その臭いの向こう側には、誰にも知られたくない秘密があるのだから。

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