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変わりない日々に/嘘⑶
「っぷはー!本当うざいのなんのって。
俺だって暇してるわけじゃねえのにクソッタレといったら彼女との旅行プラン立ててるんすよ?!」
「あはは。それは居た堪れませんねぇ」
「他にも…事ある毎に俺の名前弄って揶揄って。てめえの頭の上だけ嵐拭き荒らすぞ隠れハゲがって思います。あぁー思い出すとまた腹立ってきた。すんません、レモンサワーもうひとつ!」
居酒屋に入って早1時間。
綾木はずっとこの調子だ。
相当ストレスが溜まっていたんだろう。
まだ丁寧だった言葉遣いも徐々に崩れ、辛うじて敬語ではあるものの、一人称は僕から俺に。自己否定を繰り返していた弱音は全て悪口という形で周りに罪を押し付けるまでに進化した。
酔っ払いの戯言に付き合うのは仕事上よくある事だが、ここまで酷いのと出会ったことはなかなか無い。
直接的な関わりのない俺からすれば、面白いと笑ってしまいそうになるが
きっと綾木本人は腹の奥に渦を巻く負の感情を必死に押し込んで耐えて生きて来たのだから、ここでは静かに聞いてやった方がこいつのためだ。
面倒事には首を突っ込みたくない性分だが、綾木の相手をするのは不思議と苦痛だとは感じなかった。
それどころか、たまに出てくる同僚の性格ややり口は
どうも俺のそれとも似通うものを感じて共感さえしてしまう。
「…お名前、ですか?あぁ…確か澄晴さんでしたね。揶揄われるんですか?」
「そうですよ!ちょうど今日みたいに晴れていた日なんかは特に…お前は淀んだ曇り空だとか言って…わかってるんだ、俺だって…」
ああ、わかるなあ…その気持ち。
望んでその名前を与えられたわけでもないのに、そんな自分ではどうしようもないところばかりをついて弄ぶクズ。
Ωとして生まれ、何の罪も無いのに卑下され、襲われ、その上加害者は俺で。
クソみたいな世界だよな。
わかるよ。
「…αがそんなに偉いかよ。大っ嫌いだ、αなんて」
「それは私も同感ですね」
共感の嵐の末、遂に口をついて出てしまったのは
相手が誰であろうと避け続けてきた、性別への不満だった。
しまった。そう思った頃にはすでに手遅れで、綾木は箸ごとだし巻きを転がしてピタリと停止する。
「…え。お巡りさん、ずっとαだと思ってました…」
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