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深い海の底に/嘘⑵

喫煙所には、水を張ったスタンド型のアルミと それを囲む2人の同僚がいた。 俺の姿を確認すると、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべる。 この空間ならば独特の臭いが立ち込めていて、少なくともβのこいつらに俺の秘密はバレないはずだ。 事ある毎に俺をパトロールに追い出したゴミ共に勘付かれないよう、極めて冷静な声色を狙って挨拶を交わした。 「あっれー?嘘つきクンが来た瞬間、空気変わったんじゃねえか?」 「確かに。…なんだぁ?妙に甘ったるいなぁ」 「…はい?」 気付かれないはずだ。 「何だっけな〜この匂い」 「アレっすよ先輩。これ、ド淫乱のΩ(笑)が撒き散らすフェロモンっすよ」 バレない…はずだ。 「あ〜そうそう!それだ!」 「嘘つきクン、どーしてお前からそんな匂いしちゃってんのォ?」 その時、ゲスの手に黒いケースが握られているのを見つけた。 パカっと開かれたそれの中には まだ沢山詰まっている白い錠剤。 シートから取り出し、タブレットの容器でカモフラージュした頭痛薬と、抑制剤。 「まっさかラムネでも食ってんのかと思ったら、こんなもん飲んでるんだからよ〜。驚いたぜ」 「待て…おい、やめ──っ」 「とんでもねぇ嘘持ってたなァ?」 蓋の開いたそれが傾けられて 真っ逆さまに、不透明な汚水の中に落とされていく。 「サツがヤク中はやべぇだろ」 「残念でした〜」 茶色く染まった液体に散りばめられた粒。 それによって白く濁っていく様を、遠ざかる笑い声を背に聞きながら ただ呆然と眺めた。 俺が何をしたっていうんだ。 これまで、何度も痛みに耐えて、苦しみに耐えて生きてきた。 お前たちに何か迷惑をかけたかよ。 逆らうこともなく、仕事もこなして、それなりの成果も出して来たじゃないか。 どうしてこんな事、されなきゃいけないんだ。 …俺が、Ωだから? Ωは蔑まれる性だから? っ、違うだろ。 誰も望んでΩに生まれたわけじゃない。 それなのに…っ。 悔しさと怒り。 それだけが、今の俺を作り出した。 俺の復讐心が夢となり、血の滲む努力で実現させた。 警官として、悪に働く者を制裁できる立場になれた。 孤独の強さ。 俺の努力の向こう側には、きっと希望があるはずだ。 誰もが平等に生きられる未来が きっと、存在するはずだ。 だから…泣くな。 耐えろ。 今はまだ、匙を投げる時ではない。 俺はもっと頑張れる。 鉄製の重い蓋を押し上げて、随分と溶けた白い物体を掬った。 頭痛薬か、抑制剤か。 もう見た目には判断がつかないほどドロドロの、臭くて気持ちの悪い塊。 それでも、構う事なく頬張った。 苦味、渋み、舌が痺れるような辛み。 味わった事も、味わいたくもないそれに拒否反応を起こした身体は否応なしに視界を滲ませる。 とても口に入れられるものではない汚物を吐き戻しそうになりながら、むりやり喉の奥へ押し込んで 景色が再びモザイクを解いた頃、頬を叩いて足を踏み出したのだった。

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