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再会の日に/寒凪⑵

事情が事情なだけに、今日ばかりは流石に上からの指示で定時に会社を追い出された。 今更急ぐつもりもないが、サビ残が無いに越した事はない。 明日、周りに何て言われるだろうな。 入社2年の残業マシンがクリスマスイブに定時退社。 馬鹿正直に説明するのも気が引けるな。 …良い言い訳を考えておかないと。 コートの襟を立て、首から侵入する冬の風を防いだ。 これはいい。 すぐ隣を歩く男女に思わず漏れた舌打ちも、赤と緑に彩られた街に溢れた溜め息も 全て隠してくれる。 全て見えなくしてくれる。 酒でも買って帰るか。 今夜なら、シャンパンの特売もあり得なくはない。 …あーいや、無理だ。金が無い。 着古したそれでは庇い切れない深い息が、僅かに白く塗られて視界を濁した。 下ばかり見ているせいで、何人もの肩で弾き飛ばされそうになる。 普段はついでに紡がれる文句の言葉達が少なく感じるのはきっと気のせいではない。 大昔の、顔もまともに知りやしない教祖様を祝ってこうもテンションが上がるものだろうか。 俺には全くお前らの気持ちがわからんよ。 俺を抜かす色とりどりの笑顔に劣等感を覚えつつ、ようやく目的地を目視で確認出来る場所まで来れば 人工的な光に大敗していた星屑も、控えめに自身の輝きを取り戻した。 その時、ふと風に乗って俺の元に辿り着いた匂いを察知する。 それは身体の奥深くを誘惑する程甘い…訳では無いが、確かに下半身に繋がる疼きを伴っていて。 昨夜のあの距離感とは比べ物にならない微かなもの。 しかし、敏感な鼻を持つαであれば簡単に嗅ぎ付けられるもの。 もしくは俺のように、一度その匂いに味を占めた下劣な愚か者であれば簡単に見つけ出せるもの。 「〜〜!…めて…ださ……!」 そういえば、初めて彼に出会ったのはここからそう遠くは無い公園だった。 その日も俺は疲れていて、出来上がった拍子に抑え切らなくなった怒りが爆発して。 そこから世間話をしたんだったか。 いいや違う。俺のしょうもない話を呆れた顔で聞いてくれていた。 接待を控えて猛烈に堕ちた心を励ましてくれた事もあった。 半ば無理矢理誘い込んだ晩飯は、特別いいものでも無いのにこれまで生きてきた中で一番美味かった。 理由は至って簡単だ。 単純で、端的で、形のある確かな証拠があった。 いつも彼がそばに居た。 隣で笑ってくれていた。 最後に見た貴方はとても苦しそうだった。 また貴方の笑顔を見たくて、安心した顔を見たくて ……あー。そんなもの知るか。 どうでもいい。 とにかく、貴方を救えるのなら 俺は自身の最も嫌悪する部分すら、利用価値を見い出せる。 「お前ら…そこで何してる。早く離せ…その汚い手を」

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