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冷えきった夜に/寒凪⑴
抑制剤の効きは確かにあるはずなのに、来碧さんの面持ちはまさに興奮しきった有様で
密閉空間に広がるΩのフェロモンに誘発された身体は馬鹿正直に反応を示す。
とても止められる状態ではなかった。
少しでも抵抗すれば、その勢いに任せて彼の身に消えない刻印を残してしまいそうで、
それは彼の精神をも支配してしまう強大なもので。
それに──。
“上書きしてくださいよ。…頼みますよ”
赤い目に涙を浮かべた来碧さんからの頼みを断る理由など、いくら探してみても見つからなかった。
彼は、この行為に好意一つ抱いていない。
それでも、あいつらに比べればまだ俺はマシなのだと、そう思ってもらえるのならいいと思った。
だから止めなかった。
自分がどれだけ想いを寄せていても、彼の嫌うα性である俺の恋が報われる事はない。
俺が自身の性に利用価値を見出したように、彼も同じなんだろう。
だったらそれでいい。
ほんの僅かでも、気持ちが楽になるのなら。
「……ん、ぅ。っはぁ…」
俺にまたがり、熱い息を吐き出す彼を見ないよう目を瞑った。
突き上げてしまいたくなる衝動を、唇を噛んで堪えた。
来碧さんから零れた蜜が、俺の昂ぶりを濡らして
蕩けそうな程熱い粘膜がそこを覆う。
動くな
見るな
余計な考えを持つな。
これは来碧さんを救う行為。
少しでも間違えれば、俺という薬は猛毒となり来碧さんを一生苦しめる。
今まで、どれだけ助けられてきたんだ。
思い出せ。
俺が一番見たいものは何だ。
欲しい
──貴方の笑顔を守りたい
孕ませたい
──格好良くて凛々しい貴方を見ていたい
噛みたい
──貴方の言葉に救われたように
俺も、貴方を救いたい。
「ひっぁ……くッ」
ぱたぱたと腹の上に温かな液体が飛び散った。
ようやく行為が終わったらしい。
真上から聞こえる荒んだ呼吸は、それまで固く結んでいた唇を簡単に解き放ち、涙の緒すらも掻き切った。
「……っ、ぐ…ふゔぅ……ヒクッ、ふぅう…っ」
先程の来碧さんから溢れた色気のあるそれとは比べ物にならない汚い声が
無音の空間に響き渡る。
この人の前で、俺は惨めな姿を晒してばかりだ。
情けない所しか見せていない。
今だって、こんな風に
きっと俺なんかよりずっと苦しくて、辛くて、苦渋の選択をせざるを得なかった彼を差し置いて、泣いて。
挙句、こんな心の無い行為が嫌だと
貴方の気持ちも欲しかったなどと、叶いもしない事を願ってしまう。
「……んで噛まねぇんだよ…っ。噛めよ!」
そんな弱々しい声で縋らないでくれ。
利用されているだけだ。そうわかっているのに、わかっているはずなのに。
忌々しい牙が、貴方を救う為だと都合のいい理由をつけて
永遠の苦痛を強いる残虐な行為を、正当化しそうになる。
「………終わった、なら
ここ出た奥、風呂場なので…お好きに使ってください」
水分を多く含み、ぼやけた視界に映るのは
眉間に深く皺を寄せた来碧さんと
まだ繋がっているそこのすぐ傍…白い肌に似合わない、何本もの切り傷の痕だった。
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