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冷えきった夜に/寒凪⑵
浴室の扉が開いた音に気が付き、慌てて座布団を引き摺り出して腰を下ろした。
上手くサイズの合った俺の部屋着を着こなす来碧さんをベッドへ促す。
決まりの悪そうな表情ではあるものの、落ち着きを取り戻したらしい彼は長く息を吐いてそこへ浅く腰掛けた。
ボリボリと後頭部を掻く来碧さんの視線の先。
すっかりいつも通りに仕舞われた俺の愚息は、つい数刻前までそれは酷い事になっていた訳だが──。
何も言わないでくれと目で訴えかければ、もう一度深く吐いた息に肯定を示される。
お察しいただけて感謝です。
「…ぁあの、横にならなくて……平気ですか?
大丈夫ですっ。襲ったりとか…しないので…」
「結構です」
酒と水しか入っていない冷蔵庫が、暗がりのキッチンで怒りを孕んだ唸り声を上げる。
それ以外に何の音もない世界。
途端に居心地の悪さを感じた俺は、盛り上がるはずの無い話題を持ちかけてみるも即惨敗。無駄な足掻きとはこの事だ。
そのせいかどうかは知りたくも無いが、室内は再び静寂と化した。
「あの…以前も思ったのですが」
そんな中、俺に変わって無音に終止符を打ってくれたのは来碧さんの冷静な声色。
また助けられる…とか。
「どうしてαの綾木さんが、抑制剤をお持ちなのです?さっきもおっしゃっていたでしょう。薬なら渡すって」
「あぁ……それは、ですね」
そりゃそうだよな。
おかしいと思われて当然だ。
自分に全くもって不要な物を毎日鞄に入れているなんて、お巡りさんじゃなくとも怪しまれるのが当たり前。
「…αが、嫌いなんですよ」
「それも以前おっしゃっていた」
あぁ、覚えてくれているんだな。
泥酔したただの会社員が放ったほんの些細な一言も。
そんな所も、大好きだ。
「……だから、αの自分が大嫌いなんです」
望まないΩを相手に、自分が欲望のままに暴走してしまうかもしれない事が恐怖だった。
αだから仕方ない。
そんな言い訳で済むのは俺だけで、俺の行動一つで大きくその後の人生を歪ませてしまうのは、いつだって俺以外の誰かだから。
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