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冷えきった夜に/嘘⑴
煙草を吸わない貴方の家に、また別の“俺のにおい”が蔓延る。
嫌な顔をするかと思えば、キョロキョロと辺りを見渡し、いつ飲んだのかもわからないチューハイの缶を差し出す仕草に思わず笑いそうになった。
αが嫌い。
そう思うようになったのはもう、ずっと昔の話。
「…たまには私の話も、聞いてくれますか?」
必死に忘れ去ろうとして、けれどそう簡単な事では無く
いつしかそれを胸に刻む事で、自分を叩く鞭の代わりにしてきた。
「…聞きます。いくらでも」
「そうですか。では──」
俺の生い立ちから、全て話してやろうじゃないか。
両親は番だった。
母は心の底から父を愛し、父もまた、母を大切にしていたらしい。
らしいというのは、俺が思い出せる古い記憶の中で
いつも母は一人苦しんでいたからだ。
母は元々心が弱かった。
そのぶん発情期も重く、父無しではまともでいられない依存という病に侵されていた。
父は、母の他にも数人の番を作っては人助けをした気になる節操の無い人間で
母と同じ性に生まれた俺は、母への同情からだろう。父をいつも憎んでいた。
負けず嫌いの性格なのか、人より劣る学力や体力の自分を許せず、甘えは逃げだと言い聞かせ、何事も必死に取り組んだ。
それ故、性別が判明しても
校内で受け続ける言葉や、直接的な暴力にも負けず、地元で有名な進学校への推薦が決まったのだ。
あの時の喜びは、今でも昨日の事のように鮮明に思い出す事ができる。
けれど、ある事件をきっかけに
その話は全くの白紙となった。
初めての発情期。
人の少ない図書館で、突然その日はやってきた。
俺の異変に気付き…いや、匂いに気付き手を差し伸べてくれたのは、俺が入学を約束された高校のブレザーを羽織る3人のαだった。
「辛いよな、大丈夫か?」
「オレらが楽にしてやっから、そこのトイレまで歩けるか?」
初めて会う先輩を前に、怖気付かなかったといえば嘘になる。
しかし、当時の俺は頭が混乱していて。
“楽になる”事だけを頼りに、ついていったんだ。
大きな誤算だったと気付くのは、そのすぐ後の事。
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