30 / 111

30

 ドキドキし過ぎて、胸が苦しい。  なのに余裕な感じで楽しそうに笑う西園寺さんに少し苛立ち、またしてもギロリと彼の顔面を睨み付けた。  だけど彼は何事も無かったような涼しい顔をして食事を続け、『豚汁も美味しいね』などとしれっとのたまった。  あんな真似をされて、味なんて分かるか!  このストーカーの、変質者め。  ……ホント、ムカつく。 ***  食事を終え、後片付けを二人で終える頃には、21時を少し過ぎていた。  だからそろそろ頃合いかなと思い、笑顔で締めの言葉を口にした。 「今日は意外と、楽しかったです。  良かったらまた、遊びに来てください。  今度は家族が、いる時に」  すると西園寺さんは不思議そうに、こてんと首を傾げた。  僕よりも体の大きな西園寺さんがそんな風にする姿は、ちょっぴりシュールで面白い。  だからそれに、またしても吹き出しそうになったのだけれど。  そこで彼の発言の、意味するところが分からず今度は僕の方が首を傾げた。  うん?……なんだ、この反応は。  もう用は全部、終わった……よな?  じっと西園寺さんの、『ありがとう、またね』的な言葉を待ってみたけれど、彼の口から飛び出したのは、全く想定外の発言だった。 「え……っと……陸斗くん?  今日は君のご家族は、戻らないんだよね?」    「はぁ‥‥‥まぁ、そうですね。  二見さんがご用意して下さった、温泉旅館で羽を伸ばしている頃だと思いますが」  何も考える事なく、素直に答えた。  すると西園寺さんはフッと小さく笑って手を引き、少し乱暴にその腕の中に僕を閉じ込めた。 「......!?」  突然の凶行に驚き、意味が分からずカチンと固まる僕の体。  その隙に背中にゆっくりと、彼の長くしなやかな指が這わされ、体が小さく震えた。 「陸斗くん。夜はまだまだ、長いよ?」  耳元で、甘く囁かれた言葉。  ……それにびっくりして横を向き、顔をガン見すると、西園寺さんは艶やかに微笑んだ。

ともだちにシェアしよう!