62 / 111
62
『陸斗くん。
月が、綺麗ですね』
『西園寺さん、そうなんですね。
残念ながらうちの家からは、真ん前にあるマンションが邪魔をして見えませんけど。
では、おやすみなさい』
恥ずかしそうに真っ赤になって身悶える可愛らしい犬のスタンプが添えられていたから、文豪 夏目漱石が、『月が綺麗ですね』という言葉を『I LOVE YOU』と訳したのを恐らく捩 っているのだろうと気付きながらも、心底めんどくさかったから届き続けるメッセージを強制終了させるべく、まだ時刻は夜の八時を回ったところだったが返信には『おやすみなさい』の一文を添えておいた。
LIMEのIDを交換してからというもの、通知音がやまない。
これまであまりメッセージの届く事の無かった僕のスマートフォンは、先日から大忙しなのである。
‥‥‥ホント、迷惑。
「全く、もう!
そんなにメッセージを送る暇があるなら、仕事をさっさと片付けて、店に会いに来たら良いのに」
ボソッとひとり、呟く。
その時また通知音が僕の狭い部屋に響いたから、ゲンナリしながらも再度スマホを手に取った。
そして届いたDMの内容を確認して驚き、変な声が出た。
『それは、ゆゆしき事態だな。
あのマンション、すぐに買い取って取り壊させた方が良さそうだね』
「ふぁっ!?」
‥‥‥本当に、イカれている。
さっきの返信で今日は最後にしようと思ったが、慌てて更なる返事を送った。
『絶対に、止めてください。
下らない事この上ない理由で、そんな真似をされたら困ります』
速攻で再度響く、通知音。
‥‥‥早過ぎて、こわい。
ともだちにシェアしよう!