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それにドキュンとハートを射抜かれながらも、表面上は平常運行を心掛けた。
「実はクッキーを、焼いて来たんです。
車に乗ってから、お渡ししますね」
にっこりと微笑んで答えると、彼は瞳をキラキラと輝かせ、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて言った。
「陸斗くんの、手作りのクッキー……。
嬉しい、一生大切にするね!」
「大切になんて、しないで良いです。
今日中に、全部食え!」
いつになく言葉遣いが荒くなってしまったけれど、僕は全く悪くないと思う。
***
落ち着いた場所で味わって食べたいという彼の要望に従い、車中ではなく、西園寺さんが事前に勝手に予約していた例のホテルにその足で向かった。
車で移動後チェックインを済ませ、生まれて初めてのスイートルームの室内探検が終わると、二人掛け……と言いながら優に三人は腰を掛けられそうな大きなソファーに並んで座った。
「食べたら、無くなる。
だけど食べないと、悪くなる‥‥‥。
これは欲深い俺に神様が与えたもうた、試練なのか!?」
苦悶の表情を浮かべ、シェイクスピアの舞台さながらな名演技(?)を見せる西園寺さん。
ここが劇場であればきっと、今頃は観客達が全員スタンディングオベーションしている事だろう。
だがここまですべて、想定の範囲内である。
「さっさと、食べて下さい。
食べ物を粗末にして腐らせる人、僕大っ嫌いなんで。
あとこれは神様が与えた試練ではなく、僕が昨日焼いたクッキーです。
美味しいですか?」
コクコクと何度も頷きながら、時折バナナジュースで水分を補給をし、涙目のまま僕に差し出されたクッキーを食べ続ける西園寺さん。
‥‥‥ヤバい、めちゃくちゃ楽しいかも。
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