4 / 696
第4話
神社にやって来ると、恋人は先に来ていた。
しゃがんで池を覗いている。
自分の存在に気が付くと立ち上がり、隣に並ぶとふにゃっと笑う。
だけど、少しだけいつもと違うのに長岡は気が付いた。
5回目の春だぞ。
分かるに決まってる。
「なんかあったな。
俺に言えることか?」
「え、なにかって…」
「今、考えてること。
言いづれぇ?」
「……また、1年オンライン授業だそうです。
少数人数なら対面もしたいそうですけど…決定ではなくて……」
スニーカーを見ながら三条はぽつりと吐き出した。
「今年も定期代が浮きますね」
なんで、子供ばかりが我慢しないといけないんだろうな。
なんで、子供ばかりが犠牲になってるんだろうな。
伸びた前髪とその影が三条の表情を隠している。
勉強がしたくて進学した筈なのに、満足なそれではない。
夢を叶える為に進学した筈なのに、それすら不安定だ。
なんでこんな事になってるんだろうな。
誰のせいでもない。
だからこそ、苦しい。
「抱き締めても良いか」
「え…、どうしたんですか」
漸く此方を向いた恋人から返事を聞かずにそっと腕の中に閉じ込めた。
子供体温は変わっていない。
清潔なにおいもだ。
変わっていない事をこうやって確認するのは何度目だろう。
それを探しては安心している。
お互いにだ。
不安なのは長岡もだ。
守れない不甲斐なさや、感染の不安、またストレスが身体に出ないか等、細かな事まで数えたらキリがない。
分かっている。
それでも、せめて心は守りたい。
「あったけぇ」
「弟のお迎えは俺の特権になります」
「弟が羨ましいな。
俺も遥登に迎えに来て欲しい」
「へへ」
「んで、手ぇ繋いで帰んのな」
背中に回した腕を更にこちら側に引き寄せた。
サラサラした髪がマスク脇の頬に触れる。
冷たくて良いにおいがして気持ちが良い。
「……正宗さん。
教育実習、どうなりますかね」
「大丈夫だ。
遥登なら、必ず良い教師になれる」
大丈夫だ。
ちゃんと、受け入れ体勢は整えている。
どんな事があろうと減った分の人員は補充しなくてはならない。
公務員の利点だ。
それを使え。
使ってくれ。
骨の浮き出た背中を摩る事しか出来ない。
希望の職種に就職採用予定がないなんて、きっとこれから増えるだろう。
希望ではない職種に就職し、生きる為だけに働く。
そんな子供が増える。
なんで夢が枯れてしまうんだろか。
大切にして欲しいのに。
大切に育てていたはずなのに。
「ありがとうございます」
三条の手が背中に回ってきた。
無力なのは大人の方だ。
子供を犠牲に、生きている。
ともだちにシェアしよう!