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第5話

手を繋いで気晴らしにフラフラと散歩をした。 行く当てなんてなくて良い。 隣に恋人がいてくれたら、どこだってしあわせだ。 マスクのお陰で鼻の頭は大丈夫だが、耳や手が冷たい。 それでも、手は離したくなかった。 触れていたかったから。 愛おしい子だからこそ、離したくない。 だけど、もうそろそろ帰宅させなければいけない時間だ。 あまり長い時間外出していてはバレてしまう。 「じゃあ、またな」 「はい。 送ってくれて、ありがとうございました。 気を付けて帰ってください」 「ん。 気を付ける。 また明日も来るからな」 「はい。 楽しみです」 名残惜しそうな顔に、もう少しだけ…と言いたいが、やっぱり駄目だ。 冷たくなった身体をあたためさせなければ風邪をひいてしまうかもかもしれない。 この時期に風邪はまずい。 軽く手を振ると、三条もそれを返してくれた。 自宅の敷地内に入るのを少し離れた所から見届けてから、今来た道を戻っていく。 三条が色んな道を教えてくれるので細い路地に入っても駅や神社、三条の自宅なら行ける自信がある。 それほどまでに馴染んできたこの町。 お寺の桜は綻びはじめ、また春がやってくる事を告げている。 その樹を見上げて足を止めた。 世界が変わって1年だ。 たった1年。 だけど、確かに大切な1年だった。 春のにおいのする風が髪を乱す。 「あの…っ」 「ん? 遥登……、どうした」 帰った筈の三条が息を切らせて走ってきた。 マスクをしていて呼吸がしにくいだろうに。 なにか忘れ物か。 言いたい事があればメッセージアプリを使えば良い。 受け止める様に肩を掴むと、綺麗な目が自分を真っ直ぐに見詰めた。 「やっぱり…、もう1度、抱き締めたい……です……」 「それで走ってきたのか?」 「帰っちゃうと思って…。 あ……いや、すみません。 なに言ってるんですかね……」 急に冷静になったのか、我が儘を言ってしまったとバツが悪そうな顔をする。 本当に変わらない。 「俺も抱き締めてぇな」 「……っ!」 腕を広げてみせると三条はポスッと胸にやってきた。 「遥登だな」 染々とその体温を噛み締める。 キャップを被っていない頭に顔を埋め、呼吸をするとマスクをしていても三条のにおいが濃くした。 “そんなこと”と言われるような事で良い。 そんな事だって三条なら愛おしい。

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