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第74話

ココアの缶を手の中で転がしながら自動車へと戻る道すがら。 静かな駅舎に、2人の足音が響く。 「遥登は、この町好きか」 「え…? うーん……、難しいですね…。 聞かれるまで考えた事もありませんでした」 「そうなのか? なんか意外だな」 「そっちの方が意外ですよ。 だって、ここで生まれ育ったから好きってのも変ですし、だからって嫌いって感情もありません。 どうでも良い、がしっくりくるような……」 「遥登に嫌いって感情あんのか? 好き嫌いもねぇし、人間関係も顔にまったく出ねぇよな」 「顔に出したらやばいですよ……」 いつもニコニコ─口角が上がっているせいでそう見えるのが大きいが─している三条。 顔を見れば大まかな感情は分かるようになったが、他人から見れば単に機嫌の良い子だ。 だが、別に三条に感情がない訳ではない。 ストレスを溜め込むほど負の勘定だって受け止めている。 あそこで気が付けたから、まだ良かったが、全然良くない。 でも、それが三条の性格だ。 無理に変えたりはしたくない。 自分やが気付けば良いだけだ。 その時、三条の目がパッと明るくなった。 「あ、でも、正宗さんとデート出来るから好きです。 繁華街だったらこんな風に手も繋げないですし。 だったら、好きになりますよね」 「じゃあ、恋人っぽい繋ぎ方でもすっか。 ほら、絡めてくれよ」 「……失礼、します」 きゅっと握るとココアのお陰であたたかい。 いつもの子供体温も良いが、これはこれで良い。 「沢山デートもしましたし、好きになったところが沢山あります」 「じゃあ、もっと沢山増やそうな」 「はいっ! 正宗さんの所も…良いですか」 「あぁ。 あの辺りも増やそうぜ」 ふふふっと嬉しそうに弾む頬に心が踊る。 この子が生きてきた町まで愛おしいなんて、ベタ惚れにもほどがあるか。

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