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第193話

あの日、使ったマグを片付けようとしていた時、長岡に名前を呼ばれた。 振り返ると綺麗な顔がすぐ近くにある。 「遥登。 これ貸す」 そう言いながら、手のひらに置かれたのはネクタイピン。 見慣れた、だけどプレゼントしたものとは異なるデザインのそれ。 これは、自分がプレゼントする以前に長岡が愛用していた物だ。 ずっと見ていたから覚えている。 唐突に手渡されたそれ。 視線をピンから長岡へと戻した。 「え、良いんですか」 「あぁ。 頑張れるおまじない付き」 「おまじない、ですか…?」 「そ。 全力を出し切れますように、ってな」 手の中から掲げられたタイピンに、長岡は唇で触れた。 ピンが羨ましいと思うほど美しい仕草。 ドキッと心臓がトキめく。 動きがゆっくりに見えた。 それほどまでに見惚れてしまう。 「っ!」 「おまじない。 これで踏ん張れる。 けど、無理もしねぇ」 綺麗な顔をした大人の恋人は、いつだって自分と同じ目線でいてくれる。 背伸びをすることもなく、格好付けず、等身大で良いのだと背中を押してくれる。 それが、どれほど力になるかも知らないで。 それから頭をそっと指の背で撫でられた。 愛おしい、愛おしい、と。 「頑張れます。 なんでもやれちゃいます!」 「遥登らしくな。 大丈夫。 俺の太鼓判付きだぞ」 きゅっと握りしめたタイピンをもう一度見てから、頷いた。 「頑張ります」 「負けんな」 「はいっ」

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