195 / 502

第196話

もぐもぐと頬袋を膨らませていると、同じくおにぎりを食べていた相川がそろっと此方を振り向いた。 「三条くん。 なんで先生を志しているのか聞いても大丈夫ですか?」 「はい。 元々、本が好きなんです。 単純に面白いもありますけど、いつの年代の作品であっても今に通じるものがあったり、当時の流行りや文化が分かったりもします。 そういうのがたまらなくて。 それで、国語も好きでした」 本は面白いだけではない。 まるでタイムカプセルだ。 当時の文化や生活、流行り廃りが反映されている。 たった30年前でも既に今とは大きく違うことも沢山ある。 生まれる前の知る由もないそれらを、ありありと脳内で擬似体験出来るのは読書の魅力の1つだ。 「“教師”っていう職業を意識するようになったのは、長岡先生の授業がきっかけなんです。 長岡先生の授業って、先生自身が古典がすごく好きなんだなって解る授業なんです。 それがすごく面白くて、楽しくて、惹き込まれました」 教師の仮面を貼り付けながらも、どこか楽しそうに作品に触れる姿をよく覚えている。 古典が好きで離れられなかっただけだと本人は言うが、そうだと理解出来た。 好きだと解る授業が大好きだ。 それに憧れたんだ。 「古典作品にはロマンが沢山詰まっているって気が付けたんです。 そのロマンに触れていたら、いつしか俺もそのロマンを誰かに知って欲しいって思い始めていました。 こんなに素敵なものがあるんだって伝えられたらどんな気持ちになるんだろうって。 俺も……繋いでみたいんです」 古典は煌びやかな世界ではないかも知れない。 古い、学ぶ意味が分からない。 そんな声もある。 けれど、どの世界にも美しさがある。 その美しさは、とても尊い。 それに触れて欲しい。 ほんの少しで良いから。 どのジャンルだってそうだ。 触れてみたらとても好きになるかも知れない。 なら、触れなければ勿体ない。 もし、好きになれたら今抱いている気持ちに包まれるんだ。

ともだちにシェアしよう!