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第289話
「ほんと、面白いこと言うよな」
指の背でマスクから覗く頬を撫でる。
物欲しそうな目をされても、ここではやれない。
すぐ見える範囲に交番があるのだから。
まさか、こんなところで職務質問なんて避けたい。
までやましい関係ではないが、三条が不安がってしまう。
「行くぞ」
「…お願いします」
ゆっくりと自動車が動き出すと三条は背筋を伸ばして前を見る。
けれど、時々こちらをチラチラ見てくる。
教師をしているせいか、視線というものに敏感だ。
後ろにも目がある、なんて言うあれだ。
「そんな見詰められると照れるって」
「あ…、すみません…」
「俺のこと好き?」
「え……、はい。
大好きです」
「ははっ、大好きか。
嬉し。
俺も、大好き」
素直な言葉がこんなにも嬉しいなんて三条と付き合うまで知らなかった。
人と過ごす時間がこんなにもしあわせだなんて、知りたいとも思わなかった。
けれど、きっと、その相手が三条だからそう思うんだろうなと思う。
溺愛している自覚だけはある。
やめないけどな。
「なんか…今日の正宗さん、すごく甘いです…」
三条は口元を隠しながらそう言ったが、その通りだ。
今日はとことん甘やかす。
柏や蓬よりな。
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