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第296話
わざと顔を近付けると、三条はきゅっと目を瞑った。
本当に可愛らしい反応をする。
だけど、ベルトを外すだけだ。
カチッと音がすると、クリクリした目が驚いたように此方を見た。
夢を叶えたいと頑張るこの子から、その夢を取り上げたくはない。
楽しい青春を取り上げられ、身体も心も傷付き疲弊した。
そんなこの子に更に鞭を打つなんてしたくない。
出来ない。
愛しているからこそ。
甘やかすだけなら誰だって出来る。
けれど、守る為には時に残酷なことを提示しなければいけない。
それは大人としての線引きか。
それとも、恋人としてか。
時々分からなくなる。
けれど、“遥登”がしあわせになれるならどちらでも良い。
願うことはそれだけだから。
目の前の目が揺れた。
どうせ碌でもないことを考えているのだろう。
ゴチッと額をくっ付けその意識を飛ばす。
「愛してる。
だから、もう少しだけ守らせてくれ」
狡くてごめんな。
けれど、本心だから。
桜が春に花を咲かすことが出来るのは、春になりあたたかくなるからではない。
冬の寒さに、もうすぐ春がくることを知っているから。
植物は強く、賢い。
なら、今は冬だ。
きっと、必ず、春がくる。
満開の花の下を笑って歩きたい。
夢を叶えた三条と。
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