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第349話

暫く車に揺られていると、長岡はゆっくりと停車させた。 「ここで降りるぞ」 「はい」 車外は風が冷たい。 マフラーに顔を埋めると長岡と目が合った。 目元がやわらかくなり、それだけで長岡の気持ちが伝わってくるようだ。 三条は照て、マフラーを更に引き上げ顔を隠す。 「照れんなよ」 「だって…」 「かわい。 そういうとこも好きだぜ」 ポソッと自分にしか聴こえない音量で言われ、また照れた。 本当に、長岡は何枚も上手だ。 だけど、満足そうな長岡の顔も見られた。 至福なことにはかわりない。 そのまま、こっち、と言われ背中を追う。 「ここ、ほら」 「桜…!」 強い寒さの中、美しい花を咲き誇らせるのは桜だ。 「冬桜。 たまたま見付けて、遥登と見てぇなって思って連れてきた」 無邪気な顔に、胸がぎゅっと締め付けられた。 これが、“愛しい”。 「嬉しいですっ」 「俺が遥登と見せたかったんだ」 「それでも、連れてきてくれてありがとうございます」

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