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第356話

「先に食ってても良いんだぞ」 「待てますよ…。 それに、俺の腹はいつものことですから」 その返答が返ってくると解っていても、口にしてしまう。 それにこのにおいだ。 空腹時にカレーのにおいはキツいだろう。 人の少ない公園の駐車場まではあと少し。 「もうすぐだから、待っててな」 「はい。 ありがとうございます」 だけど、そういう時に限って信号は赤色を示す。 大切な子を乗せているので安全が第一なのは勿論なのでゆっくりと停車させ、同じようにゆっくりと走り出す。 いつからこの子を乗せることに慣れたのだろう。 それだけ、沢山逢い引きをしてきたんだ。 気が付かなかった時の流れを改めて思い知る。 ん? 運転中、何気なしにルームミラーで後ろを見るとどんぐりを見てニヤニヤしている三条が映っていた。 子供かよ でも、すげぇ喜んでくれてんだな 子供騙しのような小さな玩具。 それでこんなに喜んで貰えるんだ。 与えられているのは自分の方。 嬉しいなと思うことは沢山ある。 例えば、好きな作家の新刊の発売日。 学校で頼んでいる弁当に、好きなおかずが入っていた時。 けれど、それよりうんと嬉しいのは三条が関わった時だ。 三条が笑ってくれた時。 一緒に飯を食べている時。 これから会える瞬間。 そのどれもは色も温度も鮮やかだ。

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