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第497話

「ほら、コーヒーも飲めよ。 ぬるくしといた」 「ありがとうございます…」 「どうした?」 マグカップを手渡すと、三条の動きが止まった。 声も小さくなる。 腹でも痛いのか。 それとも、奥に吐き出したモノが下がってきたのか。 カップを割ると危ないので受け取ろうかとした手を三条は掴んだ。 この時世になって以降の大胆な行為に驚いてしまう。 「すっ、すみません…っ。 これ、俺が…っ、どうしよう」 本当に分からない。 謝られるようなことはされていない。 寧ろ、自分が頑張ると言っていた三条を押し倒し襲ったのだが。 とにかく、マグを一旦置かせなければと手を動かして漸く合点がいった。 「あぁ、傷か」 そういえば、行為の最中に手を握られた。 こちらもスイッチが入りガツガツ貪っていたので気にも止めなかった。 が、明らかに他人がつけたと分かる赤い線が数本手の甲に伸びている。 「爪長かったですか…。 気を付けてたんですけど…、正宗さんはきちんと処理してくださってたのに…」 「平気だ。 痛くもなんともねぇよ。 赤みもすぐに引く。 気にすんな。 それに、遥登の場合はケツん中から流血したら色々やべぇだろ。 親御さんになんて言うんだ」 「ケツは痛みとか感じませんから…。 それに、医者にかかったからってすべてを親に言ったりはしません…。 でも、正宗さんだって、これから授業……授業の時に見られるんですか…? えっち過ぎますよ」 いつもの若者発言が出た。 賢い三条も今時の子だ。 突然、えっちだ、エモいだと沢山の語彙をぎゅっと握って喋ることがある。 長岡はそれが年相応で好きなのだが、三条の性格上年上である長岡が聴ける機会はとても少ない。 だからこそ、こういうタイミングで聴けると嬉しいのだ。 「俺だってまだ若いんだから、これくらいすぐに治るって。 けど、そうだな。 薬塗ってくれるか」 「はいっ」 「任せた。 じゃ、アイス食いながらしようぜ」 「それは、流石に…」 痛みすらしない傷を口実に三条に甘えようと長岡はほくそ笑んだ。

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