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第508話

後部座席に2人で乗り込むと、長岡は白い箱を取り出した。 「ケーキ買ってきたから食おうぜ」 「ありがとうございます! わっ! こんなに沢山!」 「こどもの日だからケーキも沢山並んでたんだよ。 選べねぇだろ」 「嬉しいです」 その気持ちがなによりも嬉しい。 だから、ちゃんと両手で受け取ってありがとうと伝える。 自分にお金を使わなくて良い。 一緒にすごせるだけで、こんなにしあわせなのに。 その言葉は飲み込んだ。 老後の資金は一緒に貯めよう。 これからも一緒にいるのだから。 ウェットティッシュを引き抜いていると 「その前に」 「まさ……」 長岡はマスクの上から手のひらを押し付けてきた。 まるで口を塞ぐように。 長岡が自分に対して呼吸を苦しくなるようなことをするとは思えない。 プレイを除いて。 一体どうしたというのか。 まっすぐに視線を向けると、その目を見張った。 マスクをしていても分かる良いにおい。 目の前の綺麗な顔。 ほんの数センチ先をそれが掠める。 もっと正しく言うのならば、触れている。 「っ!!」 手の甲、反対側に長岡は唇をくっ付けた。 「誕生日おめでとう」 この3年で1番キスに似た行為だ。 「今はまだ、これで我慢してくれ」 鼻の奥がツンとして、じわっと涙が溢れてくる。 大きな愛情守ってもらっている自覚がある。 だからこそ、言えなかったこともある。 なんで、どうして、を沢山飲み込んだ。 それで恋人を傷付けてしまったことだってある。 「泣くなよ。 あーあー、ガチ泣きじゃねぇか。 何歳なんだ」 「22…」 「もう22歳か。 早いな」 早い。 その内の6回を長岡と祝えた。 沢山たくさん祝ってもらった。 隣にいてくれた。 今も。 しあわせだ。 それ以外に言葉を知らない。 大きな恋人に抱き付きボロボロ零れる涙を押し付けた。

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