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第510話

随分と落ち着き、涙もとまった。 濡れた頬を長岡は袖口で拭い上げてくれ、三条の顔はすっかりいつもの顔に戻る。 鼻の頭が赤いのはご愛嬌だ。 「いただきます」 「ん。 どうぞ。 俺も、いただきます」 手を合わせてからフォークを手にすると、箱の中のケーキへと突き刺した。 美味しそうなケーキを掬い頬張る。 「んーまっ」 「遥登、美味い時それ言うよな」 「俺、なにか言いますか?」 「んまっ、て。 無意識か?」 意識して言っている訳ではない。 多分、慣れた人の前だからだ。 美味しくても知らない人の前では言わないはず。 「すみません…。 行儀が悪くて…」 「なんも悪くねぇよ。 寧ろ好き。 美味いんだなぁって分かるし、嬉しい。 それに、可愛い」 「正宗さんと一緒にいると家族といる時みたいな気になっちゃって…」 そのままの自分というか、気を張らずにいられる。 別に友達の前では繕っている訳ではない。 訳ではないが、長岡の前ではただの俺でいられる。 1番素に近い気がする。 「そういう姿見れんの嬉しいから、もっと見せてくれよ」 「でも…」 「家族だろ」 薬指で輝く家族の約束。

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