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第526話

手洗いを済ませた弟が脚をトントンと叩いてきた。 タオルでも欲しいのかとしゃがんでタオルを差し出すも、既に服で吹かれていた。 綾登の着ている服の腹のところだけ色が濃くなっている。 「ゆーと、こーこ?」 「高校生だよ。 どうした」 「はう、せんせ。 あのね、なんだっけ」 一所懸命に話そうとしているのは分かるのだが、綾登自身が話したい言葉が選べないと難しい。 ヒントは、 兄、先生。 将来の夢の話だろうか。 それとも、保育園で先生となにかあったか。 兄が褒められるのはよくあることだ。 「むーかし」 「俺も難しい」 「将来の夢? おっきくなったらなんになりたいか知りたいのか?」 弟の弁当箱を洗っていた兄。 今度は兄にタオルを差し出した。 「ありがとう。 帰り道で、おっきくなったらなんになりたいか話てたんだよ。 綾登は?」 「とまとっ」 「俺は先生。 優登は?って聞きたいんじゃねぇの」 「俺? 俺は…」 お菓子を通して誰かを心から笑顔にしたい。 なんてことのない日を鮮やかにしたい。 あの日、兄が自分をそうしてくれたように。

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