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第533話

「美味しいです!」 「良かったよ。 ゆっくり食え」 「はい」 教員採用試験まで1ヶ月程となり、ストレスを心配していたが、三条本人はこの様子。 今日は一段と甘えているが、これはストレスではない。 たまにやってくる、デレ期だ。 可愛いだろ。 ストレスを変に意識もさせたくない。 だが、あのストレス反応を見てしまっているので不安もある。 大学受験は推薦で、大きな試験は長岡自身も付き合ってはじめてのこと。 あの学力だが、少し慎重になってしまう。 ジッと見詰めていると、クリッとした目が此方を見た。 「どうかしましたか?」 「美味そうに食ってくれんなぁって思ってた」 「すごく美味しいですから」 「いつでも作るから、また来い。 早目に来てくれると更に嬉しい」 「お言葉に甘えてさせていただきます」 にっこにこの三条に、試験自体はストレスにはならないのだなとぼんやりと思った。 そもそも、三条ほどきちんと学習していればこの時期に慌てはしないか。 どちらかと言えば、三条のストレスは不公平さだ。 ストレス源まで真面目だなと思うが、そこが三条の魅力だ。 根からの真っ直ぐさ。 そこが、長所だ。 そんなことを考えていると、頭の隅に追いやられていたことを思い出した。 「あぁ、そうだ。 忘れる前にやるよ」 行儀悪く箸を持ったまま積ん読くの上の紙袋を手繰り寄せると、三条へと渡した。 「俺ん時の練習問題だと古くねぇか?」 「そんなことないです。 今は、数をこなしたいので嬉しいです。 ありがとうございます」 大学時代、教員採用試験を受ける前に何度も解いた試験問題だ。 だけど、三条の大きな目的はそこに書かれる長岡の考え方の痕跡。 自身の考え方のヒントにもなるものを得ようとしている。 ほんと、こんな無害そうな顔をして鋭いモノを隠しているもんだ。

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