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第561話

夕方になり風が吹きはじめたが、生ぬるい。 三条は、庭でしゃがみこむ小さな頭に帽子を被せる。 そして、同じ目線になるようにしゃがみこむと、ぷくぷくの指がトマトを指さした。 「みて、まっか!」 「お、本当だ」 「あげるね」 「でも、綾登楽しみにしてたろ。 食べなよ」 「てすと、がんばるから」 テスト。 教員採用試験だ。 もう片手分しか日にちは残ってない。 もうここまでくると、なるようにしかならない、と、最後の悪足掻き、が頭を行ったり来たりする。 「良いの?」 「うん。 これも、あげる」 そう言って指を指すのは、ほうれん草。 「優登からカップケーキ作ってもらうんだろ」 「いーの」 「ありがとうな」 「だぁじ、だぁじ」 小さな手が頭を撫でた。 小さい頃、母がしてくれたように大事、大事、と。 「おままない」 「うわっ、すっげぇ元気になってきた! うわわわっ」 「きゃぁぁっ」 抱き締めながら脇を擽ると綾登の明るい声が庭に響いた。 その声に、室内の母は穏やかな目を向けていた。

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