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第569話

慌てて口を抑えても、もう遅い。 久し振りの可愛い声、敏感な声に口元が緩みっぱなしだ。 ニヤニヤしたまま三条を見下ろしていると、恋人は照れた顔に力を入れてそれを隠した。 いまだに初な反応をしてくれるので思わず構ってしまう。 「……楽しいですか」 「すっげぇ楽しい」 「……なら、まぁ…」 顔がすべてを物語っているのか三条は納得した。 わしゃわしゃと髪を撫でセットを崩し、いつもの恋人の顔にする。 大人びた姿も良いが、こっち方がもっと良い。 三条の表情筋も緩み、いつもの顔になったから。 1日中、頭をフル回転させていたのだから、今くらいは気を遣わず頭も休めて欲しい。 髪型は帰宅前に直してやれば良いだけだ。 「あ、そうだ。 ほら、飲みな」 「あ、いただきます」 水滴の付いたグラスを手渡すとしっかりと両手で受け取る。 こういう小さいところも育ちが良いなと思う。 だけど、受け取った三条はグラスに口を付けない。 「どうした」 「……あの、このまま…ですか?」 「離れてぇ?」 「…それは」 「俺の目ぇ見ながら飲めよ」 「それ、も…」 抱き合って飲み物を飲むなんて、早々ない。 セックスの時に飲み物を口移す時くらいか。 目を見ながらなんてもっとない。 食事の時は除いてだ。 「恥ずかしい、ですし…折角のお揃いなのに、割っちゃったら…」 「んー?」 「……ちょっとだけ、目を瞑ってください」 「はいはい」

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