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第602話

そろそろ起こす頃合いだろう。 そっと愛しい名前を呼んだ。 「はる」 耳にイヤホンを挿しっぱなしの恋人の口が動いた。 なにを言ったのか、イヤホンは拾ってはくれなかった。 だけど、呼ばれた気がした。 夢でもみてんのか 夢の中が羨ましいな 自由に会えない現実と、自由な夢の中。 どちらが良いかななんて言うつもりはないが、それにしてもだ。 「遥登、そろそろ起きろ」 『……ん』 「遥登。 おはよ」 『…おはよ、ございます』 手で欠伸を隠しながらも、まだ眠そうだ。 もっと寝かせていてやりたいのは山々だが、寝過ぎても三条は気にする。 せめて試験前でなければと思っても、試験まではもう1週間程しかない。 夢に手が触れそうな位置まで来たんだ。 あと少し。 もう、少し。 押し上げてやりたくても、それはもう三条本人にしか出来ない。 もどかしいな。 けれど、その姿を隣で見ることが出来る。 隣で応援することが出来る。 それは幸運だ。 「もう少し寝るか?」 『いえ。 大丈夫です。 勉強したいです』 眠そうな目を擦り、カメラを持って机へと向かう。 どこまでも真っ直ぐな子だ。 『正宗さんの夢をみてました。 正宗さんと言うか、長岡先生でした。 高校の、古典の授業受けてて』 「へぇ? 懐かしい夢みたんだな」 『夢の中でも応援してくれたんです。 頑張りたいです』 もう十分頑張っている。 頑張りや努力は誰かと比較するものではないが、この子の頑張りは自分のものより強くて大きい。 だから、どうか、実を結んでくれ。 願うことは、それ1つ。

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