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第606話
恋しかった人の影を見付けると、勝手に足が弾んだ。
生ぬるい空気の中を駆け、ぎゅっと抱き付くと同じ様に返された。
抱き締めてくれる大きな手が背中を擦ってくれる。
呼吸が楽に出来る。
長岡の隣は、こんなにも心地が良い。
息が楽に出来る。
「待っててくれて、ありがとな」
「来てくれて、ありがとうございます」
「ん。
遥登のにおいだな」
「俺ですから。
正宗さんのにおいもします」
「汗くさくねぇか」
「大丈夫です。
それに、汗のにおいも好きです」
「ははっ、そりゃ良かった」
三条は安心したように目を閉じた。
今は、この体温と心音だけで良い。
それで頭を満たす。
長岡はなにも言わずにただずっと背中を擦ってくれていた。
どれほどそうしていたか、じっとりと纏わり付く温度に背中側のシャツがうっすら湿っているような気がすることに気が付いた。
「教育の目的はなんですか」
「人格の完成…」
「教育基本法な。
じゃあ、遥登はなにを伝えたい?」
「俺は……」
道のない場所を歩く後ろ姿に憧れた。
スーツは泥で汚れ、破けてすらいる。
けれど、その破れたところから溢れる花の種が後ろを鮮やかに彩っている。
それが、とても綺麗だ。
そう思ったのがきっかけ。
だけど、それだけではない。
日本だけに続く、美しい言葉。
繊細な文化。
多様な考え方。
薄れていっても四季折々の草花や空の色。
においが好きだ。
旬の食べ物も。
日本が好きだ。
産まれた国だからではない。
日本が美しいから。
「俺、綺麗なものが好きみたいです」
「うん」
「正宗さんの顔とか」
「ん?」
「綺麗なものは綺麗なんです。
誰が、なんて言ってたって」
好きなものは好きなんだ。
自分の心がそう言うのだから、それで良い。
俺は、俺を大切にしたい。
勿論、誰かの人生の岐路を手伝う仕事でもある。
自分がそうであったように、人生を変えてしまうほどの力だって持っている。
だけど、そんなのはどの仕事もそうだ。
誰かの目で見たらキラキラしている。
そのキラキラを伝えられたら、こんなしあわせはないだろう。
伝えたいのは、それだ。
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