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第607話

真剣な顔をする三条に、長岡は更に言葉を紡いだ。 1本いっぽんが細くても、紡げば強くなる。 不安も、心配も、努力も、全部こよるんだとばかりに。 「俺は、教師だ。 本来なら…教育基本法なら、俺が遥登の人格の形成を手助けするはずだった。 けどな、俺は遥登を踏みにじった。 それだけじゃねぇ。 “今の俺”を形成してもらったんだ。 クソみてぇな俺が、少しだけ人間らしくなれた。 今、こんなに生きてる」 冷たい手が手首を掴むと、心臓の上へと当てた。 どくん、どくん、と生きている音がする。 長岡が今、目の前に存在する音。 「今の俺をつくってくれたのは、遥登だ」 「……っ」 「ありがとな」 今、自分がどんな顔をしているか分からない。 だけど、長岡はとても穏やかな顔をしている。 教師と恋人と間の顔にも見えた。 きっと、どちらの長岡でも応援してくれているんだ。 とても力強い。 「大丈夫じゃねぇよな。 緊張するよ。 不安だってあるよな。 けどな」 今度は手首を掴んでいた手が、目の前を覆った。 「“なに”が見える?」 『三条っ!』 『さーんじょっ!』 『三条くん!』 「三条くーん!」 『兄ちゃん!』 『はぁう!』 『遥登』 「遥登」 「……みんな」 見えるのは、みんなの笑顔。 みんな、みんな、俺の大切な人達。 「うん。 みんな、遥登の味方だ。 勿論、俺も」 みんなが背中を押してくれる。 スマホの中にはみんなからのメッセージが贈られている。 弟達も、両親も直接口にはしないがおやつを分けてくれたり、好きなご飯を沢山用意してくれたりしてくれた。 誰も、独りにはしてはくれない。 「もう、大丈夫です」 手が退かされると、穏やかな目をした長岡と視線を合わせる。 大切なことを気付かせてくれた。 いつも俺の前を歩く人。 「ありがとうございます」 「応援してんのは、みんなだ」 不安になったって、それごとまるっと試験会場に持ち込んでやる。 なにせ、俺にはそれを分けて持ってくれる大切な人達が沢山居るんだからな。 「遥登、待ってるからな」 「はい…っ」

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