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第666話

今にも鼻唄を歌いそうな顔をした恋人を隣に、車を運転する。 後ろの席には、握り飯とたまご焼き、ウインナーの詰まったタッパー。 漸く涼しくなり、約束のデートだ。 9月だというのに半袖が似合う気温が続いていたが、末になるとそれも落ち着いてきた。 まったく今から来年の夏が恐ろしい。 猛暑なんて言葉ではぬるく、酷暑と言われていたが、本当に酷かった。 だが、今は来年のことより恋人とのデートだ。 これを楽しみに今週の仕事を頑張った。 「お茶飲みますか?」 「ありがとな」 赤信号で停まるとキャップの空いたペットボトルが差し出された。 「正宗さんとデート、楽しいです。 実は、昨日楽しみで寝付くの遅かったんです…」 「ははっ、そんなにか。 目一杯、楽しませてやる」 「正宗さんも楽しむんです」 「俺は、もう楽しいよ」 山の麓を通りながら海の方へと向かう。 この季節に海に用事があるのは釣り人ばかりで、人も殆んどいない。 そこなら2人きりで昼飯を食べようが、イチャ付こうが構わないだろう。 そんなデートしかしてやれない。 公務員という仕事をしている以上、自分を縛り付けるものはある。 それでも、三条と過ごす時間は大切でかけがえのないものだ。 それを犠牲にするつもりは毛頭ない。 それに、そんなデートでも三条は楽しいと笑う。 自分の不安より、三条の笑顔を信じる。 物事は簡単に考えた方が、案外核心を突いていたりするものだ。 「おにぎりも楽しみです」 「それは楽しみだな。 早く遥登のたまご焼き食いてぇ」

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