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第670話
「冷えてきたな」
「はい」
長岡の言う通り、耳や指先、末端が冷えてきた。
風を遮るものはない。
目の前にはただ海があるだけだ。
吹きっさらしが体温を奪う。
「なんかあったかい飲み物買えるとこあるか」
「駐車場に自販機ありませんでしたね。
近くのコンビニ調べますね」
「助かる」
スマホを操作する隣に長岡はやって来て同じ画面を覗き込んだ。
海のにおい柑橘のにおいが混じる。
今日はデートだからと香水を使ってもらったのだが、とても良いにおいだ。
「やっぱり、良いにおいです」
「ほんと好きだな。
遥登も持ってるだろ」
「持ってますけど…。
正宗さんから、このにおいがするから良いんです」
「なら、後で独り占めしてくれよ」
独り占め…
頷く隣で長岡が笑った。
「部屋に帰ったらな」
「はい」
「コンビニは…少し走るな。
その前に自販機見付ける方が早そうだ」
「俺も探します」
「じゃ、車まで戻るか」
名残惜しい気持ちもある。
2人っきりで外を歩けるのは、人目がないから。
いくら都会ではないといっても、田舎だからこその煩わしさもある。
季節外れの海はそれすらないに。
「遥登」
「はい?」
「指、貸せよ」
長岡から絡めてくれる指に機嫌が戻っていく。
単純だ。
現金だ。
だけど、それで良い。
長岡が大好きだから。
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