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第678話

ベランダから外を眺めていると見知ったキャップが目に入った。 細い身体に、いつもキャップ。 手にはエコバック。 つい口元が綻んでしまう。 一方的でも会えて嬉しい。 それに、あの子の目的地はここだから。 いつ気が付くだろうか。 気が付かなくて、それはそれで良い。 なんてことを思いながらベランダの柵に肘をつき、そこに顎をのせ眺める。 角を曲がり真っ直ぐに此方に歩いていると思いきや、不意に顔を上げた。 視線が合う。 長岡はヒラヒラと手を振った。 すると、マスク越しでも分かるほど嬉しそうに笑った。 かわい… 三条はマスクを指で下ろすとパクパクと口を開け、それからすぐにスマホをいじった。 手に持ったスマホが震えたのはすぐのこと。 『おはようございます』 走るスタンプもポンッと送られてきて、返事をするより早く三条が走り出した。 いかにも三条らしい。 秋の空気を肺いっぱいに吸い込み、吐き出す。 楽に息が出来るのは恋人のお陰。 あの子が部屋を訪れるまで、あと少し。

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