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第690話
またも院の誘いに息を吐き出した。
教員採用試験に合格したと言ってもめげない。
2、3年更に勉強したらもっと知識が増えると言われると少し心は揺らぐ。
知識は欲しい。
それでも来年度は教師でありたい。
やっと掴んだ夢だから。
帰宅しようと出口を目指していた三条は、重そうな本を抱えた教授を見かけ声をかけた。
どうせ帰るだけで身軽なら、面白い授業をしてくれる先生の手伝いくらい軽いものだ。
それに、電車もすぐには来ない。
待ち時間…と言えば失礼だが、時間を持て余しているのは事実だ。
「ありがとう。
助かりました」
「いえ。
お役にたてたなら良かったです」
古びた本のにおいのする研究室。
紙と黴のにおい。
図書館と違うのは空調の悪さのせいだろうか。
薄く開けられた窓から外のにおいが入ってきて混ざりあう。
金木犀は、また来年。
その奥のローテーブルに本の山を置くと教授は窓を閉める。
人の良さそうな笑みを称えファイルに挟まったプリントと積み重ねられた資料の名を確認してから漸く腰を下ろした。
「重かったですね」
「はい」
「三条くん。
君は…兄弟はいますか」
「はい。
弟が2人いますが」
「弟…。
そうか。
人違いか」
人違い?
誰か自分と似ている人でもいるのだろうか。
細さか顔立ちか。
はたまた、自分にそっくりの顔がこの世には3人いると言うしそれだろうか。
両親共にこの大学の卒業生だが、そちらは絶対に違うだろう。
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