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第691話
なら、やはり他人の空似か。
「僕の講義を熱心に聞いていた生徒にどこか似ているので、てっきり兄弟かなと。
あ、いや…、気怠気ではありましたけど。
顔は似てませんが雰囲気というか空気感が似ていると思うんです」
「在校の方ですか?」
三条はお茶を淹れようと再度腰を上げた教授に、自分がすると申し出た。
出来る方がやったら良い。
ありがとうとベンチに腰掛け、言葉は更に続く。
「いえ。
卒業生です。
残ってくれる様に声をかけたのですが断られてしまって。
とても惜しい人材でした。
彼は……あぁ、そうだ。
高校の職員になったんですよ。
名前は、長岡です。
長岡正宗」
愛しい人の名前に三条の心臓が嬉しいと跳ねた。
「長岡先生は、高校の時の担任です」
「おや。
そんな縁があったんですね。
彼は元気ですか」
「はい。
長岡先生に古典を教えてもらってこの学部に入学を決めたんです。
道を切り開いてくれた、恩師です」
「彼が…。
そうですか。
彼は取っ付きにくいと言うか、猫の様な性格なので少し気にしていたんです。
最近の教職は窮屈ですから」
「そう、かもですね。
でも、とても良い先生です。
本当に。
猫。
確かに似てます。
猫みたいに人気の先生です」
1人でいる姿も凛とし、気高い。
品があるが野性味もあり、顔とは裏腹の性格。
性格も似ている。
懐いた人には腹を見せる可愛らしさ。
三条はマスクの中で小さく笑った。
「そうですか。
そうか」
嬉しそうに噛み締める教授の前にお茶を差し出し、向かいに腰掛けると嬉しそうに話に花を咲かせた。
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