787 / 984
第787話
炊き立ての米に寿司酢を回しかけ混ぜていく。
粗方混ざったら、夏場に大活躍したハンディーファンで冷ます。
「ハンディーファン、便利ですよね」
「楽だよな。
夏はこれじゃ足りねぇけど」
「最近の夏はすごいですからね。
正宗さん、ジャケット脱ぎませんし」
「切り替えだからな。
脱いだら素が出ちまうかもよ」
隣ですまし汁を作る三条は、正宗さんはそんなオンオフの切り替えが下手じゃありませんよ、なんて笑っている。
上手いかどうかは置いておいて、口調だけはしっかりとしたものにしなければと意識している。
誰に対しても、敬意を持つことは大切だと隣で笑う子に教わった。
それが、どんなに年下であろうとも尊敬すべき人間なのだと。
三条のそういう考え方が好きだ。
“誰か”ではなく、“人”として接する。
良いと思ったことは真似をし、悪いと思ったことは己はしていないかと見直す。
素直に生きたら良いんだ。
子供のように。
「たまご、甘いのが良いか?
だし巻きにすっか?」
「うーん……迷います」
手巻きにするたまご焼きを焼こうとしたが、味付けに手を止めた。
甘いのが良いか、だし巻きが良いか。
どちらも手巻き寿司にしたら美味しい。
「たまご…甘い…だし……」
本気で考えている。
授業中より真面目な姿だ。
中々見ることの出来ないレアな姿をしっかりと目に焼き付ける。
「両方にすっか。
食えんだろ」
「え、良いんですか…」
「良いよ。
薄くはなるけど、色々楽しめて俺も良いしな」
パッと明るくなる顔に提案して良かったと思うと同時に、三条が手に触れてきた。
「ありがとうございます」
「ん、どういたしまして」
この顔が見たいから甘やかしているだけなのだが、結果オーライだ。
ともだちにシェアしよう!

