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第787話

炊き立ての米に寿司酢を回しかけ混ぜていく。 粗方混ざったら、夏場に大活躍したハンディーファンで冷ます。 「ハンディーファン、便利ですよね」 「楽だよな。 夏はこれじゃ足りねぇけど」 「最近の夏はすごいですからね。 正宗さん、ジャケット脱ぎませんし」 「切り替えだからな。 脱いだら素が出ちまうかもよ」 隣ですまし汁を作る三条は、正宗さんはそんなオンオフの切り替えが下手じゃありませんよ、なんて笑っている。 上手いかどうかは置いておいて、口調だけはしっかりとしたものにしなければと意識している。 誰に対しても、敬意を持つことは大切だと隣で笑う子に教わった。 それが、どんなに年下であろうとも尊敬すべき人間なのだと。 三条のそういう考え方が好きだ。 “誰か”ではなく、“人”として接する。 良いと思ったことは真似をし、悪いと思ったことは己はしていないかと見直す。 素直に生きたら良いんだ。 子供のように。 「たまご、甘いのが良いか? だし巻きにすっか?」 「うーん……迷います」 手巻きにするたまご焼きを焼こうとしたが、味付けに手を止めた。 甘いのが良いか、だし巻きが良いか。 どちらも手巻き寿司にしたら美味しい。 「たまご…甘い…だし……」 本気で考えている。 授業中より真面目な姿だ。 中々見ることの出来ないレアな姿をしっかりと目に焼き付ける。 「両方にすっか。 食えんだろ」 「え、良いんですか…」 「良いよ。 薄くはなるけど、色々楽しめて俺も良いしな」 パッと明るくなる顔に提案して良かったと思うと同時に、三条が手に触れてきた。 「ありがとうございます」 「ん、どういたしまして」 この顔が見たいから甘やかしているだけなのだが、結果オーライだ。

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