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第811話
ちゃぷ…と湯に浸かると、スマホに視線をやる。
嬉しそうな顔……
恋人の嬉しそうな顔が嫌な訳ではない。
それは、断じて違う。
ただ…、入浴をビデオ通話で見せるという倒錯した行為に混乱しているだけだ。
ことの発端は、実家へ帰っていた長岡が食事まで済ませて帰ってきた時だ。
「おかえりなさい」
『ただいま。
遅くなっちまった。
待っただろ』
「いえ、さっきまで弟とゲームしてましたから平気です。
蓬ちゃん達の動画、可愛かったです!」
『気に入ってくれたなら、嬉しいよ。
今日は、柏が傍にいたから柏ばっかだったな』
動画を思い出しながら、にこにこと話をする。
画面に写る大きな手から、2匹が長岡にとってどういう存在なのか分かる。
そんな愛猫達と遊び、慣れ親しんだ実家の味を楽しみ、そのまま泊まれば楽なのに、長岡は借りている部屋へと帰ってきた。
それは、借りている部屋が長岡にとって実家よりも心地の良い空間になっているから。
やはり、自分のベッドで寝るという行為は大きなことらしい。
『まだ風呂済ませてねぇの?』
「はい。
ゲームに夢中になってて…」
といっても、夜更かしし放題の正月だ。
なにかを気にすることもなく、自分の好きなタイミングで入浴しても良い。
この寒さなので、湯船には浸かりたい。
ガス代を考えるとあまり時間を開けるのもしたくない。
弟が風呂を済ませたら、自分も済ませてしまおうか。
『ふぅん。
なら、遥登の風呂見てぇ』
と、いうことだ。
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