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第874話

目の前の髪がサラサラと風に揺れる。 高校で、あんなに毎日見ていたのに今はそれを目に焼き付ける。 教室の窓から吹き込む風のにおいは思い出せないのに、それに揺れる友人の髪は思い出せる。 隣には、また別の友人の笑顔。 目を閉じれば、あの日に戻れるほど強い記憶。 「ん? 食いてぇ?」 「あ、いや」 「じゃあ、半分やるよ」 手渡されるペストリーは、三条の手にあるものより大きい。 こういうことが当たり前に出来てしまう友人だ。 吉田も三条も、教育の道へと進む。 どんな仕事なのか、表面的なものしか知らない。 けど、ニュース番組やネットを見ていると消してホワイトだとは思えない。 そこへ、自ら足を入れるんだ。 どんな結末になるかなんて俺には分からない。 友人達がどんな選択をするのか、俺は知れない。 もし、万が一、億に一でも、最悪を考えてしまったら。 「分けると、美味いよな」 たった一言を手渡した。 “分けてくれたら嬉しい”。 それは、良いことばかりの話ではない。 楽しいも嬉しいも、嫌なこともだ。 話せる相手の選択肢になりたい。 そこに込めた願いなんて分からない顔で三条は頷いた。 「ん? そうだな」 「なんだよ田上。 可愛いな。 なら、俺も分けてやる」 「ははっ、サンキュ」 どうか、どうか、また来年もその次の年もこうして笑っていられますように。

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