920 / 984
第920話
「そろそろ帰さないとだな」
離れていく身体が寂しい。
「甘え足りねぇ?」
思わず、手を追い掛けて握ってしまった。
だけど、握った手を離すことも出来ない。
本当に我が儘だ。
我が儘はいけないのに。
「……いえ」
「まぁた遠慮して。
言ってみ。
甘えたいって…あ、待て。
やっぱり、名前読んでくれよ」
「正宗さん…?」
手を握ったまま小首を傾げる。
名前なんて今日だけで十数回は呼んでいる。
「ちげぇ。
呼び捨て。
学生の遥登に1回で良いから呼び捨てされてぇの」
「前にも、呼びましたよ…?」
流石に呼び捨ては出来ない。
恋人だ。
対等なお付き合いをしている。
けど、9歳も年上で、尊敬していて、恩師で、目標でもある人だ。
そんな人を呼び捨てになんて出来ない。
「呼ばれてぇなぁ、はぁると」
自分の好きな低くて甘い声で甘えはじめた。
それでも、抵抗がある。
「遥登、遥登が学生の内なんてあと何回会えるか分かんねぇだろ。
貴重な機会だろ。
呼ばれてぇの。
なぁ、呼んでくれ」
こてん、と首を倒され、甘えるように見られる。
こういう時ばかり自分の顔立ちの良さを利用するから狡い。
それに、こんな甘えられたら長男として甘やかしたくなる。
例え、それが長岡の手の上を踊ることだとしても。
「…………ま、さ…むね」
「はぁい」
「……さん」
「くくっ…、またさん付けてる」
「が、んばったじゃないですか」
「ん。
頑張ってくれたな」
またぎゅっと手を握られ、はにかむ。
握られたくて呼んだ訳ではなかったが、まぁ良いか。
正宗さん、すげぇ嬉しそう
この顔が見れるなら、6年に1度くらいなら頑張れそうだ。
ともだちにシェアしよう!

