929 / 984
第929話
嗅ぎ慣れない教科準備室のにおい。
真新しいスーツ。
胸が、ドキドキする。
今日は赴任前の挨拶だ。
再来週から勤務先になる高等学校。
はじめての赴任先。
その国語科準備室で、三条はひとつ息を吐いた。
それから口を開く。
「新年度からお世話になります。
三条遥登です。
分からない事ばかりでご迷惑をおかけしますが、ご指導ご鞭撻宜しくお願い致します」
そう丁寧に頭を下げた新任の教師を準備室の教師達は拍手で迎え入れてくれた。
はにかむ三条の胸には、恋人から借りたタイピンがお守りのように寄り添っている。
大丈夫だ。
俺がついてる。
自信を持て。
A組は…遥登は自慢の生徒だ。
なら、自慢の教師になれる。
その言葉と共に。
はじめてばかりで不安もある。
だけど、大丈夫。
だって……。
「はじめまして。
五十嵐です。
濁らず、いからし、です」
「はじめまして。
古津です。
お会いするのははじめてですが、存じ上げてます。
長岡先生のクラスの子ですよね」
「はい。
そうですけど、なんでご存知なんですか…?」
柏崎の視線の先には写真立て。
そこに飾れているのは、4年前の自分達。
「っ!」
懐かしいというほど長い時間が過ぎた訳ではない。
だが、すっかり懐かしいと思うようになった高校時代の笑顔。
真ん中の担任が、目の前でふぃ…と一瞬だけ目を逸らせた。
「はじめてのクラスで、思い出深いので…」
「嬉しいです」
長岡相手に、ついふにゃっといつもの笑顔がでてしまう。
緊張をしているのに不思議だ。
長岡が相手だと自然と笑えた。
「あー、これは可愛いですね」
「分かります。
可愛がっちゃうタイプの生徒ですよね」
「もう三条先生なんですから、先生として扱ってあげてください。
僕も気を付けますから」
そう。
長岡がいるから。
玄関先で会った時は驚いた。
ともだちにシェアしよう!

