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第930話
傘から水滴を落としネームをとめていると、階段から降りてくる足音がした。
人の少ない校舎は音が響く。
挨拶しなきゃ…っ
シャキッと背筋を伸ばし挨拶しようして、目を見張った。
この足音に覚えがある。
階段の降り方が恋人とよく似ているから。
そして顔が見えると、その顔がすごく整っていたから。
「三条……」
「おはようございます」
「まさか、赴任先って…」
「はい。
4月からここでお世話になります」
「ほんとか…」
流石の長岡も驚いた顔をしていた。
勿論、その命令が届いた時に自分もすごく驚いたが。
何度も読み返した。
間違いではないかと。
間違いであって欲しくないと。
長岡はそのままの顔で階段をおりきると、玄関先までやって来た。
「はい。
俺が読み間違っていなければ」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
だって、夢みたいだ。
ロマンを教えてくれた人と同じ職場で働けるなんて。
追い掛けていた背中が、こんなに近くにあるなんて。
想像もしていなかった。
もう、手が届きそうだ。
愛おしいものを見る目で見てくる長岡に、はにかんだ笑顔を返した。
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