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第933話

「ごちそうさまでした。 お二人、戻って来られませんね」 「そうですね。 そろそろ帰りますか?」 カップを握る手を長岡の指がなぞる。 ドキッとして、そちらを見ると教師の顔をした長岡が、ん?と首を傾げた。 「はい」 「なら、玄関まで送ります。 駄弁ってたのバレたらめんどうですよね」 スス…っと、手の甲から指へと滑っていく指先。 指先まで辿り着いた指は、また甲を目指す。 だけど、途中でとまった。 廊下から足音が聞こえてきたからだ。 2人で息を殺して外へと気配を配る。 小さくなっていく足音に安堵する。 流石にドアを開けて見えない位置の席だとしても、やましい気持ちがあるのでドキドキだ。 「っ!」 ホッとしたのも束の間、冷たい手が重なった。 そして、決して外には響かない声で話しかけてくる。 「一緒に働けんの楽しみにしてる」 「俺もです。 ご指導、よろしくお願いします」 「うん。 任せとけ」 長岡先生は、こんなに砕けた言葉は使わない。 だからこれは、長岡の本音だ。 「さ、送りますよ。 カップはそのままで良いですから」 「あ、じゃあ…、お言葉に甘えます」 鞄とコートを手に立ち上がると、マジマジと見られる。 余程噛み締めてくれているらしい。 「4月が楽しみです」

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