980 / 984

第980話

夜中のデートで何度も歩いた道を今日も歩く。 梅の甘い匂いはいつしか消え、枝には今にも咲きそうな桜の蕾が膨らんでいる。 もう3日も待たずして咲くだろう。 天気が良ければもっと早いかもしれない。 「早ぇな」 「今年の開花は早いみたいですね」 「遥登の成長だよ」 「俺ですか?」 隣を見れば、あとなにがあんだと笑う。 そのやわらかな笑顔の格好良いこと。 ぽふっと頭に手を乗せられ、掻き回される。 「ついこの間まで高校生だったのに、明日から同僚だろ。 早ぇ以外になにがあんだよ」 「ちゃんと毎日を積み重ねて22歳になりましたよ」 「22歳か。 15歳だったのになぁ」 はじめて会ったのは入学式だ。 あの日からもうすぐ7年。 確かに数字で見ると大きな日々。 だが、確かに積み重ねてきた日々だ。 長岡の隣で泣いて、笑って、沢山ご飯も食べて。 それから、本当に沢山のことを学んだ。 それが、明日からの日々を作り上げていくなんて不思議な話だ。 だが、現実は小説より奇なり。 そういうこともある。 「高1って今の弟の年齢なんですよね。 そう考えると子供じゃないですか。 なにが良かったんですか?」 「子供とかは関係ねぇよ。 すげぇ欲しかったから酷いことしちまったな」 「謝られるより、好きって言われた方が嬉しいです」 長岡はまっすぐ此方を見ながら目を細めた。 まるで成長を見守る両親のようで、だけどそれ以上の感情の込められた目。 長岡はいつも目が綺麗だと言ってくれる。 最初に惹かれたのも目だと。 それは、長岡の目を見ていると分かる。 綺麗で、ずっと見ていたくなる目。 そして、そこに写っていたいと思う目なんだ。 だけど、そうではない。 なにがそれほどまでに長岡を突き動かしたのか。 教職を捨てることになるほどのことをしてまで欲してくれたのはなぜか。 「愛してる」 「へへっ。 俺もです」 「なにが良かったかなんて、遥登が遥登だから以外にねぇよ」 「正宗さんが強姦してくれたから、今日がありますね」 眉を下げて笑う大好きな人の悪夢だって俺は愛おしい。 だって、あの日がなければ今日は有り得ないんだから。

ともだちにシェアしよう!