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第3話

***  リオンの五歳の誕生日の朝、もうすぐ冬を迎えようという季節にはめずらしく、空は高く晴れわたっていた。  ひとつ大きくなったことが嬉しくて、リオンはわくわくしながら着替えを済ませる。  こんな気持ちいい日に誕生日だなんて……!   何か、とてもいいことが起こるような気がする。窓の外では小鳥が囀っていて、リオンが五歳になったことを祝ってくれているようだった。 「おはよう、ことりさん!」  窓を開けて呼びかけると、小鳥たちは可愛らしく囀って答えてくれた。リオンは満足して窓を閉める。が、その時、衣服が擦れた背中に違和感を覚えた。 (あれ? なんだかせなかがあついなあ)  背中が、どくんと脈打っているような感じがするのだ。だが、それ以上深く考えることなく、リオンは家族が待つ食堂兼居間に入った。父、母、祖母、母に抱かれた妹が、みんな笑顔で出迎えてくれる。 「五歳の誕生日、おめでとう、リオン」  父と母のキスを受け、リオンは嬉しさいっぱいの笑顔で答えた。 「ありがとう!」  祖母も、優しく抱きしめてくれる。ジェインは、わけがわからないながら皆の真似をして、「おめーと」と、舌っ足らずで言ってくれた。 「さあリオン、約束していたパイよ」 「ありがとう! おかあさん」  林檎とはちみつのパイは、いつもは食べられない特別なものだ。誕生日の朝のために、カタリナが願い通りに作ってくれたパイを頬張り、リオンは幸せを満喫していた。 (まいにちがたんじょうびだったらいいのにな)  だが、ご機嫌のリオンに対して、両親や祖母の表情は少しずつ固くなっていく。  いつもと変わらないのはジェインだけだったが、リオンには大人たちの表情の変化を察することができなかった。  テーブルの上が片づけられ、きれいになる。いつもならここでケインは農作業に出かけ、カタリナは洗濯などを始めるのだが、今日は皆が席を立たなかった。祖母までが、揺り椅子に座らずにいる。 「どうしたの?」  リオンはここでやっと、大人たちの雰囲気がおかしいことに気がついた。 「みんな、おしごとしないの?」 「いや、いやよ。もしリオンが――」  突然、カタリナは泣きだした。その肩を、ケインがそっと抱く。 「大丈夫だ。オメガは三百年に一度しか生まれないんだ。そんな確率にうちのリオンが当てはまるはずがない」 「そうだよ、カタリナ。いずれやらなくちゃいけないことだ。午後には役人たちが事実を確かめにやってくる」  祖母は静かにカタリナを諭す。  みんな、なにをいってるの? オメガってなに?   リオンは丸い目をさらに大きく見開いて、異様な緊張感に包まれた大人たちを見上げた。  ぐっと拳を握り、ケインがゆっくりと口を開く。 「リオン、お父さんたちに背中を見せておくれ」 「う、うん」  なんだそんなこと?   拍子抜けしながら、リオンは父がシャツの背をまくるのに任せた。白くて滑らかな、リオンの背中が顕わになる。 「これは……!」  続いたのは、ケインの引きつった声だった。カタリナは「ひっ!」と小さな悲鳴を上げて、再び泣きだす。祖母は深い、深いため息をついた。 「いや……! 嘘よ、嘘に決まってる……! リオンがオメガだなんて、そんな……!」  カタリナは泣きじゃくりながらリオンを抱きしめた。  ケインは黙って佇んだまま――二人の代わりに、何が起こっているかを教えてくれたのは、祖母だった。 「よくお聞き、リオン。とっても大事なことだ」  泣きじゃくるカタリナの腕の中、リオンはうなずいた。異様な空気が、リオンを嫌でも不安にさせる。 「おまえの背中にね、オメガの紋様が浮き上がっているんだよ。オメガが五歳の誕生日を迎えたら、背中に現れるという紋様が……」 「オメガ?」 「……オメガは獣のように発情期をもち、男でも、女でもアルファの子を孕むことができる。だが、アルファは野獣族にしか現れない。だから、オメガは野獣族にとても近い……発情したオメガは人の心を色欲で惑わし、災いを招くと言われている。だから、人の国からは排除される決まりなんだよ」 「はい、じょ?」  祖母の説明は、難しくてリオンにはよくわからない。  アルファ? しきよく? まどわす? 他にもわからない言葉がたくさんあった。リオンは無垢な目で、訊ねるように祖母を見上げた。 「オメガは、人の国にはいてはいけないんだ。だから……」  言い切ろうとした祖母だったが、そこで声を詰まらせてしまった。そのあとを、ケインが哀しげに引き受ける。 「オメガは、森の奥深くに捨てられる決まりだ」  それは、ぼくがオメガだから、もりにすてられるっていうこと?  言葉は理解しても、やっぱりどういうことかわからずに、リオンはきょとんとしたままだった。 「嫌よっ!」  リオンは再びカタリナに抱きしめられる。 「この子はどこへもやらないわ!」 「だが、もうすぐ役人たちがリオンの背中を確かめにやってくる……」  ケインは絶望的な面持ちで妻に答えた。  リオンは知らなかったが、今年は三百年ぶりに生まれたオメガが五歳を迎える年だった。

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