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第4話
オメガは人の世にいてはならない――そのために、役人たちが国中の五歳の誕生日を迎えた子どもを、ひとりずつ見回っているのだった。
「隠れるのよ、そうよ……うちにはそんな子はいないって言って、いたけど死んじゃったって言えばいいわ!」
カタリナはリオンの手を掴み、有無を言わせず部屋の真ん中へと引っ張っていく。そこには、物置にしている地下の穴蔵への入り口があった。
「いいわね、リオン、入り口を開けるまで、ここで静かにしているのよ。音を立てたらだめよ。少しの我慢だからね」
興奮気味のカタリナは、入り口を開けてリオンを押し込める。ケインも、祖母も、カタリナを止めようとはしなかった。
「いやだよ、ぼく、なんにもしてないよ、どうしてこんなとこにいなくちゃいけないの?」
「ごめんね、でもリオンのためなのよ」
「ぼくのため……?」
「そうよ、リオンのため……どうして、どうしてこの子がオメガなの!」
泣き崩れたカタリナによって木でできた蓋は閉められ、リオンはじめじめとした空間に取り残された。ほの暗い闇に目が慣れてくると、古い農作業の道具などが置かれているのが見えてきたが、リオンは、ここに入るのは初めてだった。
「たとえ役人の目をごまかせたとしても、これからどうするんだ? リオンを一生、閉じ込めて育てていくつもりか? リオンの背中の紋様は、消すことはできないんだぞ」
「じゃあ、あなたはリオンをこのまま渡してしまうというの?」
「そんなことは言ってない! 俺はただ……」
「私が悪いのよ……そうよ、私が、この子をオメガに産んでしまったばかりに……私が、産まなければよかったのよ!」
穴蔵の中に、両親が言い争う声、祖母のすすり泣きが聞こえてくる。
たのしかったはずのたんじょうびが、どうしてこんなことになってしまったの?
暗闇の中で、リオンは膝を抱えて座り込んだ。
(きょうは、すごくいいことがあるようなきがしたのに)
哀しくて、淋しくて、リオンは声を押し殺してすすり泣く。自分のせいで両親が言い争い、祖母が泣いている。そのことが哀しくてならなかった。
どれくらい時間が経ったのか。
泣き疲れて眠っていたリオンが目を覚ました時、穴蔵の中は、ここに入れられた時よりも、さらに暗くなっていた。
(ゆめ、じゃなかったんだ……)
リオンはがっくりと肩を落とす。楽しい誕生日が一転し、自分はひとりでここへ閉じ込められたのだ。
母や父が、意地悪でこんなことをするはずがない。だからこそ哀しかった。
いったいなにがおこったの?
リオンの目から、新しい涙がぽつんと落ちる。
上の部屋からは、特に変わった様子は伝わってこなかった。両親の争う声も、祖母のすすり泣きも聞こえない。一方、穴蔵の中はどんどん暗くなってくる。寒さもじわじわと忍び寄ってきた。
(おなかすいたな……)
寒さと空腹で、身体をぎゅっと縮こまらせた時だった。
「邪魔するぞ」
ギイッと扉が軋む音がして、聞き慣れない男の声が聞こえた。続いて、ケインだろうか、カタリナだろうか、ガタッと椅子から立ち上がる音がした。
「ここは、ケイン・アウレールの家だな?」
「は、はい」
不遜な男の声に、ケインが緊張した様子で応じている。
だれかきたのかな? リオンは耳をそばだてた。荒々しい靴音が複数聞こえ、何人かが家に入ってきた気配がする。
「我々は、中央からオメガの捜索について派遣された者たちだ。早速だが、今日、五歳になったあんたたちの子ども、リオン・アウレールの背中を確かめさせてもらいたい」
(せなか?)
そうだ、おとうさんもおかあさんもおばあちゃんも、ぼくのせなかをみてから、ようすがへんになったんだ……。
「リオンは去年、死にました!」
カタリナが胸に手を組み、上ずった声で訴えた。
「風邪が元であっけなく……」
取ってつけたような答えに、中央から来た役人たちは不審そうに顔を見合わせた。
「子どもを埋葬したという届けは出ていないが?」
「だ……出すのを忘れていたんです。あまりにも哀しくて……ね、ねえ、ケイン!」
妻に同意を求められ、ケインはぎこちなく「あ、ああ」と答える。少し間をおいて、役人の冷たい声がした。
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