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第5話
「言っていることが不自然極まりない。さては、子どもをどこかに隠しているのではあるまいな?」
「そんなことありません!」
叫ぶようなカタリナの答えは、さらに不自然だった。役人たちのまとめ役と思われる男は、口ひげを捻ってカタリナを睨んだ。
「オメガを匿うのは大罪であることは知っておろうな? それでも子どもは死んだと言い張るのならば、家の中を探させてもらう」
オメガ?
彼らのやり取りの下で、リオンは目を見開いた。
父も母も祖母も、オメガという言葉に嘆き、哀しみ、動揺していた。
リオンの頭の中に、オメガをめぐる、大人たちの様々な反応がよみがえってくる。
嘘に決まっている、オメガは森に捨てられる、私がオメガに産んでしまったばかりに……!
『産まなければよかったのよ!』
正直、祖母が言っていたことは幼いリオンには理解できなかった。だが、カタリナの叫び声で、リオンは自分がそうなのだと理解した。
(ぼくは……オメガ)
あっという間に皆を哀しみに突き落としたオメガという言葉。人の国にいてはいけないのだと言われた。森へ捨てられるのだと。
そして――。
「家中のどこにも、五歳くらいの子どもは見当たりません」
部下らしき男が報告し、指示を出していた男が念を押した。
「本当に、どこにも隠していないだろうな? あんたのドレスの下の床だけ窪みがあるが、それはなんだね?」
「なんでもありません!」
穴蔵への入り口の床には、開ける時に指を引っかける窪みがある。カタリナは自身でその上に立っていたが、わずかなその窪みを、男は見逃さなかった。そして、カタリナの叫ぶような声は、いかにも不自然だった。
「そこをどけ」
男は不遜に命令する。
「本当に、なんでもありませんから!」
「なんでもないならどけるはずだろう」
リオンは、はらはらしながら、そのやり取りを聞いていた。
しらない、こわいおじさんたちがやってきて、おかあさんをこわがらせている。どうしよう、どうしたらいいの?
「申し訳ありません。本当にここは――」
ケインの声に被せて、男は脅すように詰め寄ってきた。
「もしオメガの子どもを床下にでも隠していたら、即刻、おまえたちを捕まえる。もう一度言う。オメガを匿うことは大罪だ。ムチ打ちなどでは済まぬぞ。これが最後だ。そこをどけ!」
――おとうさんとおかあさんが、こわいおじさんにつかまっちゃう!
リオンはそう思った刹那、声を上げていた。
「ここだよ! ぼくはここにいるよ! だから、おとうさんとおかあさんをつかまえないで!」
古い梯子を登り、リオンは下から床をドンドンと叩いた。
「子どもを出せ」
「神様……!」
男が命令する声、祖母の悲痛な祈りと、声にならない、ケインの呻きが被さる。
見知らぬ男たちに腕を引っ張られながら穴蔵から出されたかと思うと、リオンはシャツをめくられた。
皆の視線が、突き刺さるようにリオンの背中に集まる。熱かった背中が、再びどくんと鳴った。
カタリナは泣き崩れ、そのまま気を失ってしまった。
家族と引き離され、リオンは知らない男たちとともに馬車に乗った。
「もりへいくの?」
リオンは隣に座っていた男に訊ねる。
「よく知ってるじゃないか」
「おとうさんが、そういってたから……オメガは、もりへすてられるんだって」
「そうだ。オメガは獣だから、森に捨てられるんだ。一応、言い聞かせてはいたんだな」
(もり……)
その言葉には答えず、リオンは男の顔を見上げた。
「ねえ、おじさん、もりに、いまでもやじゅうさんたちいるとおもう?」
「はあ?」
話しかけられた男は怪訝そうに眉根を寄せた。
「野獣族は魔獣どもと一緒に滅んじまっただろうが」
「でも、ひとりくらいのこってるかも」
「何言ってんだ。おかしなガキだな」
すると、向かいに座っていた男が、ふん、と鼻を鳴らした。
「オメガだから野獣と仲良しになりたいんだろ。それよりおまえ、わかってんのか? おまえは森へピクニックに行くんじゃねえ。捨てられに行くんだぞ」
嫌味を言われたことが子ども心にもわかり、リオンはそれきり黙り込んだ。何か他のことを考えていないと、話していないと、家族と引き離された淋しさと不安で押し潰されそうだったのに。
(かえりたいよ……)
リオンはこっそりと涙を拭った。淋しかったけれど、哀しかったけれど、彼らには泣いているところを見せたくなかった。
やがて、馬車はうっそうとした森の入り口に止まった。リオンとケインが、いつも通りがかる場所ではない。それは、リオンの知らない場所だった。
二人の男に連れられ、森の中に足を踏み入れる。真っ暗だと思った森の中は、何も見えないほどではなかった。月の光が差し込んでいたからだ。
だが、月の光が映し出した森は、木々が立ち枯れ、落ちた枝がそこら中にひからびて積み重なり、時が止まったようだった。
「行くぞ」
それきり、誰も何も話さなかった。リオンは男たちについていくしかなく、一生懸命に小さな足で歩いた。
どこまで行くんだろう……だが、リオンは男たちに訊ねることはできなかった。しばらく行くと、彼らは急に立ち止まった。
「じゃあな、オメガの小僧。恨むのなら、三百年にひとりのオメガに生まれた自分の運命を恨むんだな」
男たちは背を向けて行ってしまう。明るい月夜といえど、男たちの持つランタンの灯りがなくなると、闇が急に押し寄せてきて、リオンは思わず彼らの背中を追いかけていた。
「まって! おいていかないで!」
だが、願いは届かない。彼らの背中は夜の中へと消えていった。
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