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4-8 持続性の毒 ◆
――挿入 る?
「な、何を挿れるつもり……だ?」
指か? 尻尾か? 持ち上がらない腕を床に突っ張らせて、背後に振り向く。
「分かってる癖に」四ノ宮はそう言って、自身のズボンの前を開き、それを取り出して見せた。可愛い顔に似合わない、エグい程の大きさの。凶器的なまでに怒張した、それ――四ノ宮の。
血の気が引いた。挿れる? それを? オレに? 嘘だろ?
「ッ入る訳ねーじゃん、そんなの!! 何だよ、そのデタラメなでかさ!?」
「お褒めに預かり光栄です。よく言われます」
「褒めてねえぇ!!」
四ノ宮は取り出したそれに手を添えると、改めてもう片方の手でオレの腰を掴んだ。
ゾクッと、一気に全身に危険信号が駆け巡る。
「ま、待てオレほんとにっ! 入らない!」
「またまた。会長とはヤりまくってるんでしょう?」
「ヤってない!」
「え? 本当に? 一度も?」
必死に首肯した。だから、絶対入らない! やめてくれ!
四ノ宮は何故か感心したようだった。
「それじゃあもしかして、トキさん処女なんですか? その割にやたら淫乱な身体してますよね。開発途中なんですかね。すぐに挿れないなんて、随分大事にされてるんですね」
大事に……? それは無いだろ。てか、開発……? え? 九重がオレにしてるのって、そういうことなのか?
風呂場で皆そこ洗うってのは、やっぱ嘘で……少しずつ指の本数増やしてくって言ってたのも……いつかオレに、九重のを挿れる為?
愕然とした。自分でも驚く程衝撃を受けた。
何で……初めから、薄々分かってたことだろ。何も驚くことじゃない。
ああ、そうか、オレ……九重が何だかんだ優しいから、何処かで勝手に期待してたんだ。アイツはもしかしたら、そういうつもりじゃないんじゃないかって。
思い知らされた。自分の甘い幻想。だってアイツ、言ってたじゃん。オレがムカつくって。オレを傷付けるのが目的だって。なのに――。
混乱している内に、不意に蕾に熱く硬いものが押し当てられた。反射的に入口がきゅっと窄まり、キスをするようにそれの先端を啄む。これ――四ノ宮の。
理解した瞬間、戦慄が舞い戻った。
「なん……っなんで? 入らないって、言っ」
「他人 が大事にしてるものを無惨に壊すのって、興奮するじゃないですか。入る入らないじゃなくて――挿れるんですよ」
総毛立った。知らず喉から悲鳴が迸り、その場から逃れようと目一杯に足掻く。次の瞬間――前に激痛が走った。
あまりの衝撃に刹那意識が飛び、直後、無理に押し込まれそうになった後ろの痛みで覚醒する。
なんだ? 何が起きた?
「また声のボリュームが大きくなってますよ? こんな所誰かに見られたら、恥ずかしいのは貴方の方ですからね。次騒いだら、これ……握り潰しますよ」
四ノ宮が言う。今さっき激しい痛みを覚えた、前――オレの雄の象徴が、四ノ宮の掌中にある。
〝握り潰す〟……そう言った。四ノ宮は、本気だ。コイツならそのくらい、顔色一つ変えずにやってのける。
本能でそう悟り、全身に震えが走った。恐怖に声が引っ込む。大人しくなったオレに満足したのか、四ノ宮はオレの雄から手を離すと、改めて腰を掴んで引き寄せた。
――怖い。怖い怖い、痛い。
入口をこじ開けようと、ぐりぐりと押し付けられる怒張。そこは頑なに閉まったまま、侵入を許さない。――でも、いつまで。いつまで続くんだ。ずっとこんな事されてたら、いつか押し入られる。無理矢理に。扉を破って。
嫌だ。怖い。助けて、誰か。九重は……ダメだ。アイツも同じだ。
「……カ」
「え?」
「タカ……ふ、ぅ……タカぁっ」
啜り上げるように、泣き声を漏らした。後ろで四ノ宮が感嘆の息を吐いたのが伝わってきた。
「へぇ……会長の片想いですか。これは、面白い」
何が面白いんだ。何も面白くない。片想い? 違う。九重は、オレのことなんて大嫌いなんだ。大嫌いだから、傷付ける為に傍に置いてるんだ。敢えて今は優しくして――突き落とすつもりなんだ。
そう思ったら、酷く悲しくなった。一緒の買い物、食卓。抱き締められた腕の温もり。瞼に触れた優しい口付け。守られてた電車の中。少しでも心を温めた記憶が、全て真っ黒に塗り潰されていくようで――。
背後で、溜め息が聞こえた。
「……それにしても、本当に挿入りそうにありませんね。仕方ない。少し慣らしますか」
四ノ宮の放った宣言に、びくりと身が竦む。慣らす? ダメだ、そんなことされたら。
頭ががんがんする。警告音 はもうずっと鳴りっぱなしで、麻痺してる。――壊される。奪われる。
心が絶望に染まりかけたその時、ガチャガチャと金属を揺する音が響いた。一瞬、オレに掛けられた手錠の音かと思った。でも、違う。音は生徒会室の扉の方からしてきた。
チッと、愛らしい顔に似つかわしくない舌打ちをして、四ノ宮が苦々しく零した。
「タイムリミットですか。思ったより早かったですね」
たいむりみっと? もしかして、助かった?
ほんのり浮上しかけたオレの心は、すぐさま次の四ノ宮の言葉に突き崩される。
「また今度、改めて遊びましょうね? トキさん」
『次は、邪魔の入らない場所で』――耳元でそう囁かれた時、ふっと気が遠くなった。
途端、バシャリと冷たいものを顔に浴びせかけられた。引き戻される意識。見上げると、四ノ宮は片手に花瓶を持っていた。ぼたぼたと、オレの身体に降り掛かった切り花が、水と共に床に落ちる。――黄色い百合。
「トキさん! トキさん、大丈夫ですか!?」
目の前で突然そんなことを叫び出すと、四ノ宮は困惑するオレの手首の手錠を素早く外し、それをポケットに隠して自らの身支度を整えた。
「花鏡!? どうかしたのか!?」
扉の外から、九重の焦ったような声が掛かる。心配そうな音色――これも演技か。
九重はガチャガチャと扉を揺らすだけで、なかなか入っては来ない。鍵……そうだ、鍵。中にオレ達が居たから、わざわざ持っては出なかったのか。
「四ノ宮! 七瀬! 花鏡がどうした!? ここを開けろ!」
依然、九重の声が響く中、四ノ宮はオレのズボンと下着を元通りに着せ掛けながら、小声で耳打ちした。
「いいですか、トキさん。余計なことを言ったら一連の画像をばら撒くか、〝タカ〟さんに身代わりになって頂きますからね。それが嫌なら、僕に話を合わせてください。……はい! 今開けます!」
最後だけ外に向けて大きな声を張り上げると、オレをそのままに四ノ宮は扉の元へと向かった。ガチャリと開扉音がして、すぐさま九重と八雲が中に雪崩 込んできた。
「――花鏡!」
室内の惨状に、二人が息を呑む。びしょ濡れになって床にへたり込んだオレの傍ら、散りばめられた百合の花、倒れたままの椅子と花瓶が転がっている。オレが何も言わない内に、四ノ宮が眉を下げて説明を始めた。
「その……会報用の写真撮影をしていて、トキさんがうっかり椅子に躓いて棚にぶつかって、落ちてきた花瓶を頭から被ってしまって……大丈夫ですか? トキさん」
茫然自失のオレの傍らに、気遣わしげに四ノ宮が屈み込んだ。正面から顔を見つめられ、大きなベージュの瞳が無言の圧力を掛けてくる。
オレはそれに負けて、緩慢に首を縦に振り向けた。
「大丈夫か? 花鏡。全く、ドジだなお前は。……怪我は?」
差し出された九重の手。オレはそれからスッと目を逸らし、掠れた声で告げた。
「……いい。大丈夫だ」
九重が、どんな表情をしたのかは知らない。落とした視線の先、床の上の百合の花。黄色の花言葉は――『偽り』と『不安』。
【続】
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