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6-4 バイト先、衆人環視の中で ◆

 つぷッ、とぬるついた液体に覆われたジェム(じゃない、プラグ)は、滑るように抵抗なくオレの中に挿入(はい)り込んできた。 「……ぃ、」  痛え!! いや、そんなに痛くない!? 化粧水……いや、ローション……そうだ、ローションだ!! ローションのせいで痛みは緩和されたっぽいけど、内部の圧迫感が凄い。中に入ってるの、分かる。気持ち悪い。  思わずいきみそうになるけれど、簡単には抜けない作りになっているようで、逆に締め付けて異物感が増しただけだった。 「一番小さいやつですから、問題なく挿入(はい)りましたね」  これで一番小さいだと!? じゃあ、もっと大きいサイズが存在すんのかよ!? まさか、九重が言ってたみたいに少しずつ指の本数ならず、これのサイズを増やしてくつもりじゃねーだろうな!?  色々言いたいことはあるが、あまり大きい声は出せない。 「苦しい……っ抜けよ」  その一言で精一杯だった。それも、無駄なことは分かっている。 「抜いたら意味が無いでしょう。僕のはそれよりも遥かに大きいの、貴方もご存知でしょう? その程度で苦しがっていたら、先は長いですよ?」  血の気が引く。コイツやっぱり、そういうつもりで……! つーか、抜かないってことは、つまり。 「まさか、このまま……!?」  オレ、この後も仕事あんだぞ!? 「そうですよ? 僕が抜いていいと言うまで、抜いたらいけません。約束を破ったら、お仕置きですからね」  四ノ宮はあっけらかんと言い放った。嘘だろ、おい!? 「そうそうコレ、面白い機能があるんですよ」 「は?」  オレがげんなり絶望に浸っていると、不意に四ノ宮はミニバッグの中に手を入れて、何かを操作した――途端。 「ひ、あァ!?」  思わず悲鳴が漏れた。中に入ったプラグが唐突に振動し始めて、駆け抜けた衝撃に全身が痺れた。 「なん……やめっ」 「どうした、花鏡!?」 「!!」  オレの叫びを聞き付けて、外から須崎の気遣わしげな声が響いた。やばい、来る! 須崎来ちゃう! 「なっ何でもない!! 虫! そう、虫がッ急に飛び出して来てっビビ、ビビっただけだ、そう!!」  慌てて下着とズボンを上げて服を直しながら、オレは外に向けて言い訳を吐いた。須崎の声は「虫?」と何処かホッとした風なのを最後に、そのまま止んだ。――良かった。入って来ない。 「花鏡くん、そういうことはあまり大きな声で言っちゃ駄目だよ?」 「ス、すんませんっ!!」  店長の注意が飛んできた。そりゃな。飲食店だもんな。  そこで、ふっと振動が止んだ。見ると四ノ宮は、プラグと似たような銀色の掌サイズの何かを手にしていた。ハート型のジュエリーがいくつか並んで配置されている。その内の一つに四ノ宮の指が掛かっていた。 「全く、トキさんは。いきなり大声を上げないでください。ヒヤヒヤしましたよ」 「だ、だって、四ノ宮が……てか、なんだよ、それ?」 「遠隔リモコンです。弱から強まで、好きな振動の強さを選んでボタンを押したら、いつでも好きな時にトキさんの中に刺激を与えられるんですよ。あまり離れたら使えなくなりますけど、同じ建物内ならば余裕そうですね」  遠隔……何だって? 「これから僕、論文が仕上がるまでは店内に入り浸っているつもりなので、トキさんはお仕事……頑張ってくださいね?」  そう言って四ノ宮は、いつものように可憐に顔を綻ばせた。邪気など無い、そう錯覚させるような天使の笑みで。  ――嘘だろ?  オレは何度目かの現実を疑う無駄な問い掛けを心中で繰り返し、膝から崩れ落ちそうになるのを何とか気力で踏みとどまらせた。    ◆◇◆  四ノ宮は本気だった。現実は常に辛く苦しい方が真実。アイツは天使の顔をした悪魔だ。論文に集中しているかのように見せかけて、時折気まぐれにリモコンのスイッチを押してくる。  それは大体、接客中。お客さんに呼ばれた時、配膳してる時、レジ対応をしている時。とにかく、他者と接している時、一番嫌なタイミングで突然内部のプラグが振動を始める。    ただそこにあるだけでも苦しくて、動く度に異物感と圧迫感に苛まれているというのに、この振動がとにかく凶悪だ。  思わず変な声を出してしまいそうになるのを、必死に堪えるしかない。身体が震えるのを、息が上がるのを、押さえて誤魔化して、平常を装わなければいけない。――無理だ。無理だ、こんなの! 「あッ……りがと、ございましっ!」  お釣りを渡す手が震えた。お辞儀をすると腰が突き出されて、プラグが中で擦れる。……あぁ、今のお客さんにも奇異に思われたに違いない。何か、皆がオレを見てる気がする。オレがこんなヤラシイものを身体に入れてるって、皆にバレてるんじゃないかって気がして……怖い。逃げ出したい。  てか、段々プラグの振動が強くなっていってる気がする。気がする、じゃない。絶対そうだ。四ノ宮が徐々に威力を高めて、遊んでやがるんだ。ちくしょう!  チラリと確認すると、目が合って四ノ宮がふわりと微笑んだ。見る者を骨抜きにする、天使のような悪魔の笑顔。――見てる。観てる。四ノ宮が視てる。  やばい。あれからどのくらい経った? このままだと、何か重大なハプニングを起こしそうだ。そんな不安が最高潮に達した頃だった。 「花鏡」 「ふぁッ!?」  いきなり額に大きな手が添えられて、びくりと身が竦んだ。 「悪ぃ、驚かせたか」  須崎だった。 「あぁ、いや……まぁ」 「お前、やっぱり熱いぞ。顔も赤いし、途中から様子が変だったし、熱があんだろ」 「えっ!? 本当かい? 花鏡くん、そういえば金曜日は体調不良で休んだもんね。もしかして、まだ治り切ってない中、無理して再発しちゃったかな」  店長まで心配してくれた。皆の優しさに、オレは何だか申し訳ないやら恥ずかしいやらで泣きそうになった。 「すみませっ……」 「ああ、ほら、そんな顔をしなくていいよ。今日は、大事を取ってもう上がりなさい」 「でも……金曜も休んだのに」 「いいから。申し訳ないと思うなら、しっかり休養して、すっかり元気になることだね」  オレ……体調不良とは違うのに。申し訳ない。不甲斐ない。だけど、このまま上がれるのなら、正直助かる。でも、四ノ宮が許してくれるか……。  思わず奴の方を窺うと、四ノ宮はいつの間にかパソコンを閉じてこっちに向かってきていた。 「トキさん、具合悪いんですか?」  お前のせいだよ!! 何だよ、その心底心配そうな八の字眉毛は!! 九重より演技派だよな、本当に。  忌々しく思う気持ちが()に出ないように気を付けていると、四ノ宮は次にとんでもない発言を繰り出した。 「トキさん一人だと心配ですし、僕が送っていきますね」  ――は? 「ああ、そうだね。それがいい」 「俺らは抜けらんねーしな……。悪ぃな、花鏡を頼んだ」  え、ちょ、店長!? 須崎まで!!  内心助けを求める声など、届く筈も無く。 「それではトキさん……行きましょうか」  がっしりと腕をホールドされたオレは、そのまま四ノ宮に連行される羽目になった。

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